白神山地も新緑の頃を迎えました。色鮮やかな緑が、麓から山々をゆっくりと染めてゆきます=写真上、残雪と新緑のコントラストが美しい白神山地。中央が白神岳、左の稜線が向白神岳、深浦町で。が、今年は雪が多かったのか、山にある根雪が溶けるまでに至りません。それどころか、例年ならば5月25日に開通する弘西林道(県道28号・白神スーパーライン)が、7月1日まで通行止めとされました。この道路は青森県の旧岩崎村(現深浦町)と西目屋村を繋ぐ、40キロ以上が砂利道のオフロードです。毎年、この時期、弘西林道沿いの森を探索したり、ロボットカメラを仕掛けたりするため、林道を通行しない訳にはいかないのです。
すっきりと晴れ渡った五月晴れの朝、深浦町の「マタギ」伊勢勇一親方と一緒に林道の様子を見に行きました。同時に、冬眠から覚めたクマが木に登っているのを探す目的も=写真上、以前にこの場所で獲ったクマの様子を語る伊勢親方。冬眠穴から出たクマは、太陽光に体を晒しながら広葉樹の新芽を食べるため、ブナやミズキなどの木に登っています。この地方のマタギたちは、その習性を利用して、春先にクマを射止めてきました。最近は、猟友会メンバーの高齢化と猟期が秋だけに限られるため、「春グマ獲り」は難しくなってきていますが、親方は、昔からの習慣として、毎年、森を歩いてクマを探しに行きます=写真下、高さ4~5㍍の雪の壁ができて回廊のようになった弘西林道。雪の圧力でカーブミラーが破壊されている。
そんな親方が、クマの行動を見張る場所とする「クマ見台」が、白神山地のあちこちにあります=写真上、壊れて雪の上に落ちたカーブミラーに、新緑の樹々と飛行機雲が映りこんだ。簡単に行ける場所もあれば、駐車した車からマタギ道を1~2時間歩くような地点も。弘西林道沿いに、いくつかあるというので、新緑の見物を兼ねて一緒に張り込みむことに。それが‥=写真下、路肩の土砂が増水した川の流れにえぐられて、落ちてしまったガードレールや道路の舗装。災害復旧工事で修復しても、ひと冬超えれば、あちこちでこのような光景になる。
驚いたことに、5月末にもかかわらず雪で道路が塞がっていたり、路肩は崩れていたりで、車が通行できない場所が多々あります。4輪駆動車で慎重に大穴を避け、落石を片付けながら進みました。が、「一つ森」という峠で道が雪に閉ざされており、ついに立ち往生。結局、目的地には行き着けずに、あきらめて戻ることになりました=写真下、林道上に残る雪。親方の指示で、車はここでストップした。無理してこれ以上進むと、二進も三進も行かなくなる。
=写真下、雪の重みで壊された落石防止のフェンス。すごい力だ
残念なので、白神岳と向白神岳など、世界遺産の山々が一望できる高台から、谷を挟んだ対岸の斜面にいるクマを探してみました。双眼鏡で見ても豆粒のような大きさでしか確認できませんが、新緑もしくは枯れ木の中に真っ黒な蠢く点を見つければ、ほとんどがクマです。親子連れの場合は、木に登っている母グマの下で、子グマがチョロチョロと走り回っています。単独の雄グマは、遠方から見ても大物であると判別できることもあります=写真下、自らの縄張りである笹内川沿いの森を双眼鏡で見る伊勢親方。
伊勢親方は、体を壊していた時期や出稼期間中を除いて、ほぼ毎年、早春の山を巡ってクマを見続けてきました=写真上、根っこ部分から雪が溶けてくる「木の根開き(きのねあき)」が出来た白神山地の斜面。こうした立木にクマが登ることもある。そして何十頭も射止めたそうです。だから真剣そのもの。物見遊山の私たちと違って、対岸の斜面を見続けたまま、ほとんど双眼鏡を離しません。まさに視界にある全部の木を見逃すまい、とする意気込み。だが、この日も2時間近く粘りましたが、現れてくれませんでした=写真下、新緑の木々の上に飛行機雲が白い筋を引いた。
残念ですが、仕方ありません。野生動物との駆け引きではよくあることだ、と親方は笑います。でも、ここ最近の雪の多さには閉口しているようです。地元の長老も親方も、「山もそうだけど、道路にこんな時期にまで雪が残っているのは異常だ」と口を揃えます。そして、「クマの動きも変だし、山菜が出るのも遅すぎる。山奥はまだ、冬のままだな」と呟きます=写真上、新緑の梢上に広がる五月晴れの青空。同じ青森県の酸ケ湯温泉では、積雪量がこれまでの記録を超えたそうです。私たちが住む深浦町の海岸線は、青森県の他の地域に比べて、雪が少ないところだとされています。そのため、屋根の雪下ろしは一度もしたことがありません。が、家の近所の里山でも、日陰にゆくと雪が残っている場所があるほどです=写真下、落石防止のネットをくぐり抜けて落ちてきた巨木を見る伊勢親方。白神の林道は危険がいっぱい。
森の中に仕掛けたロボットカメラに写る生き物たちにも影響があるようです。この時期、茶色くなるウサギがまだ冬毛のままであったり、顔色が黒と白のブチ模様のテンがカメラの前に登場したりしています。現れる回数も、心なしか少ないような感じも‥。都会育ちの私たちにとって、これ以上寒冷化が進むのは、困りものです。当然、親方たちも、森での暮らしのリズムが狂うので、快く思ってはいないようです=写真下、林道を覆った雪の上に残る生き物たちのフィールドサインを探す伊勢親方。
雪が残ったままの林道にウサギの糞が多数落ちていました=写真上、雪の上に残されたウサギの糞。いっぱい散らばっていた。生き物たちのフィールドサインをチェックする親方も、「よしよし、ウサギは増えてきているようだな」と、嬉しそうです。太古から続くブナの原生林は、様々な環境の変化を乗り越えて、現在も存在し続けています。過去に氷河期はあったのでしょうが、温暖化を経験したことはないと思われます。人間の暮らしが自然に与える影響を無視できなくなってきた時代。この白神山地の貴重な森を、どう守るべきなのでしょうか。有史以来、持続可能なかたちで、自然を利用してきた人たちに学びを請いたいところです。親方、次の森の学習会はいつですか?。元気に長生きして、私たちを導いてくださいね。