青森県深浦町の小さな集落     
●2015年遺骨取集活動9日目 防疫給水部隊の壕と国の遺骨収集

2015年遺骨取集活動9日目 防疫給水部隊の壕と国の遺骨収集

「第27野戦防疫給水部隊」終焉の地と書かれた石碑。左後方に竪穴の壕がある=29日午前、糸満市束辺名で
「第27野戦防疫給水部隊」終焉の地と書かれた石碑。左後方に竪穴の壕がある=29日午前、糸満市束辺名で

旧満州国で「731部隊」と呼ばれ、恐れられた、関東軍の防疫給水部隊をご存知でしょうか。敵国の捕虜を人体実験したり、ペスト菌などを使った細菌戦を研究したりしたとされる、非人道的な行為が取りざたされた機関です。実は、沖縄を守備していた第32軍にも防疫給水の部隊がありました。その一つが、「野戦第27防疫給水部隊」です。主に、日本兵の飲料水の確保や、病気を防ぐための役割を担っていたとみられますが、その実態は、よく判っていません。

石碑の横に立つ国吉さん。この壕には何度も上り下りしている
石碑の横に立つ国吉さん。この壕には何度も上り下りしている

終戦から70年。その第27防疫給水部隊が終焉した壕で、国が遺骨収集に取り組み始めました。厚生労働省が担当し、1月29日から2月1日までの4日間実施する予定だそうです。

ジャングルの中にぽっかりと口を開けた壕口
ジャングルの中にぽっかりと口を開けた壕口

この壕口は、サトウキビやニンジンなどの畑に取り囲まれた丘にあるジャングルの中です。約5メートル四方の穴がぽっかりと開き、底までの深さは約10メートル。なんと、地上から見ても、壕の底に遺骨が見えています。そして奥行きも、相当、深そうです。遺骨取集家の国吉勇さんによると、同部隊の本部壕だったため、中の通路は複層に分かれ、今は閉じられているいくつかの出口に繋がっているようです。

別の壕内で本日収骨した遺骨。肩甲骨やあばら骨などがあった
別の壕内で本日収骨した遺骨。肩甲骨やあばら骨などがあった

国吉さんが、数十年前に入った時には、多くの戦没者の遺骨が散乱していたそうです。中でも、服毒死したとみられる4名の遺骨が、枕を並べて倒れていた悲惨な光景が印象的だったと話されています。この部隊が沖縄戦で果たした役割は、記録も証言も残っていないため、よく分かりません。一説には、米軍の上陸と同時に細菌戦を想定していたのでは、という憶測も耳にしますが、真偽はまったく不明で、謎のままです。

狭い壕の岩の間で収骨する哲二。太り過ぎで苦しそう
狭い壕の岩の間で収骨する哲二。太り過ぎで苦しそう

今回、この壕で実施される国の遺骨収集活動をお手伝いしたい、と申し出てみました。が、あっさりと門前払い。土地の所有者さんの意向や、危険であるから、という理由だそうです。でも、先日、地主さんに遺骨収集活動を打診したら、「どうぞ、やってください」と話されていたのですが‥

横から見た壕口。上部には木が生い茂っている
横から見た壕口。上部には木が生い茂っている

さらに、不思議なことに、この壕で国が収集活動をする日時や詳細を知ろうと、沖縄県や遺骨収集情報センターに聞いても、教えてくれません。当の厚生労働省に問い合わせても、事前には教えてもらえませんでした。なぜ、公にしないのか疑問に思って、現場を訪ねて担当の厚労省職員に聞いてみました。すると、地主の意向を前面に押し出しながらも、こちらからの「危険な物や不都合な物が見つかる恐れがあるからか」、との質問に、「その可能性も捨てきれない」と、否定しません。

出てきた手榴弾に近づいてきたオカヤドカリ。光をあてると殻に引っ込んだ
出土した手榴弾に近づいてきたオカヤドカリ。光をあてると殻に引っ込んだ

なんだか、ぞっとする話です。この壕は、垂直の深い竪穴で、しっかりとした装備がない限り、簡単には降りられません。今年76歳になる国吉さんも、「若い頃は行けたが、今はちょっとなぁ」と、躊躇されます。公式な記録では、過去に2度、遺骨収集されたり、洞くつ探検の方が進入したぐらいで、しっかりとした調査は行われていないようです。

昭和40年代に戦没者の遺族が建立した石碑
昭和40年代に戦没者の遺族が建立した石碑

戦没者の遺骨は、まだ数多く眠っているのか。731部隊が研究していたような、怖い「何か」が出てくるのか。私たちは想像するだけで、分かりません。でも戦後、捕虜への残虐な行為を疑われ、世間を騒がせた機関と同じ役割を帯びていた隊の壕です。国の調査結果の報告を注視しています。

壕口の底には枯れ木や石に混ざって骨も見える
壕口の底には枯れ木や石に混ざって骨も見える

以下、Wikipediaの引用です。

731部隊(ななさんいちぶたい)は、第二次世界大戦期の大日本帝国陸軍に存在した研究機関のひとつ。正式名称は関東軍防疫給水本部で、731部隊の名は、その秘匿名称である満州第七三一部隊の略。満州に拠点をおいて、防疫給水の名のとおり兵士の感染症予防や、そのための衛生的な給水体制の研究を主任務とすると同時に、細菌戦に使用する生物兵器の研究・開発機関でもあった。そのために人体実験や、生物兵器の実戦的使用を行っていたとされている。

以下略