青森県深浦町の小さな集落     
●戦没者への憶いを歌に乗せて:正木麻衣子の遺骨収集

戦没者への憶いを歌声に乗せて:歌手・正木麻衣子の遺骨収集

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ステージで歌う正木麻衣子さん、神戸市で

正木麻衣子さん

ステージで歌う正木麻衣子さん、神戸市で

ステージで歌う麻衣子さん、神戸市で

沖縄での遺骨収集ボランティアは、多くの人に支えられながら活動を続けています。その中でも、ガマの中へ一緒に入って汗と涙を流し、辛く悲しい想いを語り合う大切な仲間がいます。その一人が、西宮市出身の正木麻衣子さんです。神戸に拠点を置く、ジャズを専門に歌うプロの歌手です。

普段は明るくて、表情が豊かな麻衣子さんだが、ヘルメットをつけて収集活動に臨むと一変する。真剣に取り組むため、収骨中はほとんど言葉を発しなくなる、糸満市で

普段は明るくて、表情が豊かな麻衣子さんだが、ヘルメットをつけて収集活動に臨むと一変する。真剣に取り組むため、収骨中はほとんど言葉を発しなくなる、糸満市で

正木さんと最初にお会いしたのは9年前。彼女が参加したNPO団体の遺骨収集活動を、那覇市の遺骨収集家・国吉勇さんと一緒に指導したのがきっかけでした。その時入った壕は、旧日本海軍が使用していた手掘りの構築壕でした。中は広くて迷路の様に枝分かれしており、奥は崩落しているので狭く、空気も薄いためロウソクの火が消えそうになるような過酷な現場でした。この団体の参加者は、ほぼ全員が収集活動の初心者で、すべて基本からの指導となりました。

一歩間違うと落ちてくる巨岩の下敷きになりそうな壕の穴から、恐るおそる出てくる

一歩間違うと落ちてくる巨岩の下敷きになりそうな壕の穴から、恐るおそる出てくる

壕の入り口は家電などの粗大ごみが散乱し、暗い内部は火炎放射器で焼かれて壁面の土が真っ赤に変色しています。初心者には過酷だし、空気も薄くて怖いだろうと思いつつも、更なる内部への見学者を募ったところ、正木さんだけが最後までついてきました。ガッツがある女性だなぁ、と思って参加理由を聞くと、「戦争で亡くなった方の置かれている現状を、自分の目で確かめたいと思いました」と決意を秘めたような口ぶり。団体との活動が終了した後、一人で私たちの所へ来て、「明日からも数日ご一緒させて下さい」と頭を下げられました。国吉さんも了承したので、一緒に活動することになりました。

壁面が真っ黒に焼かれた壕で作業する。マスクをしないと粉塵で喉や肺をやられる

壁面が真っ黒に焼かれた壕で作業する。マスクをしないと粉塵で喉や肺をやられる

それをきっかけに、毎冬、国吉さんを頼って遺骨収集のボランティアをされるようになりました。約2週間の期間ですが、雨が降ろうが風が吹こうが、1日も休まず亜熱帯の原野に出向いて行かれます。時にはジャングルを歩き、時には狭いガマの中に潜って掘り続けるのが、最近の収集活動です。それは、目に見える場所にある遺骨や遺留品などが、68年の歳月の間にほとんど収集され尽くしているからです。残っているのは、普通の人が立ち入れないような森や原野、そして完全に埋まってしまっている洞窟などです。そんな場所だからこそ、手付かずの状態で放置されており、たくさんの遺骨を収集することができるのです。

亜熱帯のジャングルを抜けて収骨現場の壕へ向かう

亜熱帯のジャングルを抜けて収骨現場の壕へ向かう

ただ、麻衣子さんも沖縄に遺骨を掘るためにだけ、訪れるわけではありません。音楽関係の大切な仲間の元にも、収集活動の合間を縫って出かけていきます。昼間は壕の中に籠りっぱなしとなりますが、夜は仲間が繰り広げるステージを見に行きます。自らが歌うわけではないのですが、観客の一人として那覇での夜の時間を楽しまれています。

仲間が出演するステージを見守る、那覇市のアパッチで

仲間が出演するステージを見守る、那覇市のアパッチで

特に、収集活動を取材してくれたテレビ局にいた女性スタッフが、局を辞めてキーボード奏者に転身したため、彼女のステージには欠かさず顔を出します。それは、沖縄で培った人間関係を大切にしているのと同時に、連日の過酷な遺骨収集活動の小さな息抜きとして、癒しを求める場にしているからです。

大好きな曲は一緒に口ずさみながら、全身で応じる

大好きな曲は一緒に口ずさみながら、全身で応じる

それほど、日々の遺骨収集の現場で目にする光景が、「もう活動を止めてしまいたい、と何度も思うほど厳しく辛い現実だから」と葛藤を話してくれます。こうした悩みも、麻衣子さんが沖縄に来るのを楽しみに待っている音楽仲間と語らうことで、また明日から頑張ろう、という気持ちに変わってゆくといいます。だから、昼間の収集活動が辛くても、仲間のステージを見に行く原動力なると話します。

沖縄の大切な友人たちと笑顔で語る麻衣子さん

沖縄の大切な友人たちと笑顔で語る麻衣子さん

68年が過ぎた今も、沖縄本島から戦没者の遺骨が無くなることはないようです。今年も糸満市糸洲の陣地壕で、20柱近い遺骨が出てきました。産業廃棄物の置き場に近い壕に、折り重なるように投げ込んでありました。ほとんどが旧日本軍の兵士の骨だと思われます。が、中には未発達の骨もあり、若い女性か子供のような細くて華奢な下顎骨や、肋骨の骨が出てきたりもしました。

折り重なるようにして積み上げてあった戦没者の遺骨。そのあまりの無残さに、声を上げて号泣してしまった、糸満市で

折り重なるようにして積み上げてあった戦没者の遺骨。そのあまりの無残さに、声を上げて号泣してしまった、糸満市で

戦闘に巻き込まれた民間人の遺骨、しかも、女性や子供のお骨が出てくると、麻衣子さんの涙は止まりません。それでも手を止めずに、「泣いちゃダメ、泣いちゃダメ」と呟きながら、一生懸命に収骨します。どんな小さな破片も逃さず、慈しむように遺骨を扱うのが麻衣子流です。

涙をこらえて収骨。「ちゃんとしなくちゃ、泣いちゃダメ」と、呟きながら

涙をこらえて収骨。「ちゃんとしなくちゃ、泣いちゃダメ」と、呟きながら

そして、尊敬する遺骨収集家の国吉勇さんとの活動が、麻衣子さんにとっては何よりの楽しみであり、学びの場でもあります。国吉さんの遺骨収集に臨む姿勢は、自らだけでなく、他人にもとても厳しいものです。麻衣子さんも最初は、「何度言ったら判る。もっと深く、もとの地盤まで掘らないと出ないさ」とか、「そんなこともできないの。あんたもう帰っていいよ」と、親にも言われないようなきつい言葉を何度も浴びたそうです。それでも60年近く、たった一人でボランティアで活動を続けている尊敬すべき国吉さんの言葉なので、耐えることができたそうです。

遺留品が大量に出てきた。嬉しそうに仕分ける国吉さん(手前)を見守る麻衣子さん

遺留品が大量に出てきた。嬉しそうに仕分ける国吉さん(手前)を見守る麻衣子さん

 最近は、たいていの現場を任せてもらえるようになり、初心者の指導をすることも増えてきました。1年間、一生懸命に歌って貯めたお金で、沖縄への渡航費用などを賄っているため、本来ならば国吉さんとの収集活動を最優先したい気持ちで一杯です。でも、自分も仲間たちに受け入れてもらったように、新しい人の指導も大切だと、最近は受け止められるようになった、といいます。そして優しい笑顔ながらも、国吉さん直伝の厳しい指導をされています(笑)。

NPO団体と一緒に収集した遺骨を仕分ける

NPO団体と一緒に収集した遺骨を仕分ける

写真

真新しい納骨袋へ収める

プロの歌手として、不特定多数の酔っぱらいの前で歌うカラオケは、大抵はお断りされていますが、国吉さんとの飲み会になると、大好きな曲に限って1~2曲歌います。他の人のリクエストには、ほとんど応じませんが、尊敬する国吉さんが喜ぶのならば、と那覇のカラオケがあるスナックでもプロの歌声を披露します。当然ながら、いつも盛大な拍手と感嘆の嵐に包まれます。

泡盛で上機嫌になった国吉さん(左)の前で大好きな曲を披露する、那覇市で

泡盛で上機嫌になった国吉さん(左)の前で大好きな曲を披露する、那覇市で

ステージの前にピアノ奏者と打ち合わせ。笑顔がこぼれているが綿密な話し合いが続く、神戸市で

ステージの前にピアノ奏者と打ち合わせ。笑顔がこぼれているが綿密な話し合いが続く、神戸市で

神戸に帰っても安穏な日々はなく、プロの歌手として毎日、真剣勝負が続く、と語られます。歌を聴きに来てくださるお客さんに満足していただくため、常に新しいことに挑戦されています。本格的なジャズだけでなく、民謡や懐かしの昭和の歌謡曲なども、お客さんの好みに合わせながら、ステージに盛り込まれます。

ステージの前は一人で気を落ち着かせる。少し近寄りがたい雰囲気だった

ステージの前は一人で気を落ち着かせる。少し近寄りがたい雰囲気だった

ステージの合間も客席を飛び回って、お客さんとの楽しい会話を繰り広げられます。私たちが訪ねたときは、結構、年配の方が多かったのですが、皆が大切な自分の娘の歌を聴きに来たかのような、暖かな雰囲気が印象的でした。そして、麻衣子さんの素敵な歌声と活発なステージ・トークがとても楽しかったです。また、訪ねたくなるような素敵なショーでした。

、歌声も笑顔も弾ける麻衣子さんのステージ。また行きたいな、と夫におねだりしている

歌声も笑顔も弾ける麻衣子さんのステージ。また行きたいな、と夫におねだりしている

遺骨収集を初めて以来、ステージでも沖縄をテーマにした曲を積極的に取り入れて歌うようになったそうです。沖縄の心を知るためにも、あの地獄のような戦場で、鉄の防風から逃げ惑いながら、亡くなってしまった人々の気持ちを伝えられるように。深い思いを込めて。

積み重なっていた戦没者の遺骨を前に、座り込んだまま動けなくなった麻衣子さん。あまりの無残な光景に声も出なくなり、その場に竦んでしまったという

積み重なっていた戦没者の遺骨を前に、座り込んだまま動けなくなった麻衣子さん。あまりの無残な光景に声も出なくなり、その場に竦んでしまったという

何よりも大切な仲間であり、良き友人でもある麻衣子さん。体が健康で続けられる限り、国吉さんを盛り立てながら、一緒に頑張ろうね。そして、私たちはいつもあなたを応援しています。

麻衣子さん、来年も会えるのを楽しみにしているよ。また、八竹や泉崎で一緒に飲もうね!

麻衣子さん、来年も会えるのを楽しみにしているよ。また、八竹や泉崎で一緒に飲もうね!

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