みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
●「戦没者慰霊の会ひょうご」との活動

「戦没者慰霊の会ひょうご」との活動

楠田委員長から(左から2人目)、収集に当たっての注意事項を聞くメンバー、糸満市で

楠田委員長から(左から2人目)、収集に当たっての注意事項を聞くメンバー、糸満市で

ここ数年、熱心に遺骨収集活動に参加してくださるグループがあります。兵庫県のNPOグループ(民間の非営利組織)「戦没者慰霊の会ひょうご」の皆さんです。いつも会員らボランティアのメンバーを沖縄県まで引率し、現場で収集活動の指導をするのが実行委員長の楠田誠一郎さん。先の大戦で亡くなった戦没者を、「一日でも早く、一柱でも多く、冷たく暗い土の中からお出ししたい」との思いで、沖縄県を中心に収集活動をされています。

収集した遺骨を国吉勇さん(中央)らと仕分けるメンバーら

収集した遺骨を国吉勇さん(中央)らと仕分けるメンバーら

戦争の惨劇や平和と命の尊さを伝え、二度と同じ過ちを繰り返さないために、地獄の戦場だったといわれる沖縄戦を、後世へ語り継ぐのも責務であるとされています。その活動は、遺骨の収集だけにとどまりません。戦没者の遺留品返還や埋没壕の調査、戦闘の記録、壕内の見取り図作成などもされています。毎年、日本全国から公募した十数人のメンバーで訪れ、朝から夕方まで、みっちりと働いてくださいます。

お昼休みのひと時。会員らは個人の参加動機などを語り合った

お昼休みのひと時。会員らは個人の参加動機などを語り合った

「戦没者の遺骨を初めて目の当たりにし、手で触れた」、「こんな酷い状況が今も放置されたままとは考えもしなかった」‥と、遺骨収集の現場に初めて立つ方々が多いのですが、楠田実行委員長の元、経験者らが小まめなサポートでメンバーを率いて下さり、とても戦力になる頼もしいNPO団体です。今年の参加者は、兵庫県を始め、青森や千葉県など、日本全国から駆けつけて頂き、お仕事も教職員であったり、通関士であったりと、社会で様々な経験を積まれた方々が来られていました。

発掘した遺骨を前に祈りを捧げる楠田誠一郎・実行委員長(中央)ら

発掘した遺骨を前に祈りを捧げる楠田誠一郎・実行委員長(中央)ら

ここ数年は、遺骨収集家の国吉勇さんと活動を共にされることが多く、私たちも現場でご一緒させて戴く機会が増えました。気配り上手で、とても働き者である楠田委員長は、まだ四十歳代半ば。ツルハシを振るっても、スッコプを握らせても、まさに獅子奮迅の働き振りで、いつもは厳しい国吉さんも、「良い人が来てくれたねぇ」と頬を緩めます。そして、楠田委員長も、「沖縄で遺骨収集といえば、やはり国吉勇さんです。私たちは自らの活動もさることながら、国吉さんとの活動を通じて学ぶことも大切にしたい」と力を込められます。

大腿骨を手にした国吉さん(中央)から、骨の部位の説明を受けるメンバーら

大腿骨を手にした国吉さん(中央)から、骨の部位の説明を受けるメンバーら

今回も、産業廃棄物の捨て場の横にある陣地壕内を深く掘って下さり、旧日本兵の遺骨と、当時の兵士や避難民の暮らしぶりが垣間見える遺留品を数多く掘り出して下さいました。

発掘された中川清さんの万年筆

発掘された中川清さんの万年筆

そして、「中川清」さんと掘り刻まれた万年筆も見つけて下さり、現在、持ち主とご遺族を探索中です楠田委員長らによると、 沖縄戦でお亡くなりになられた中川清さんは計3名。福井県に2名、石川県に1名いらっしゃいます。現在、両県に問い合わせて調査している最中です。

発掘された中川清さんの万年筆

発掘された中川清さんの万年筆

ただ、戦闘で亡くなっていない生還者の持ち物である可能性もあります。「沖縄戦の最中、どこかで万年筆を紛失した」、「戦場で中川清さんから預かったが、どこかで紛失した」など、さまざまな可能性が考えられます。出征前に、中川清さんから進呈された方が持っていた可能性もあります。もし、心当たりがある方は、「戦没者慰霊の会ひょうご」(〒678-0043 兵庫県相生市大谷町8-8 ☎090-6667-7661 mail:irei-hyougo@zeus.eonet.ne.jp)の楠田誠一郎、もしくは、当ホームページのコメント欄に情報をお寄せください。下記に万年筆を発見した場所や、この地に駐屯していた部隊の経緯など、楠田委員長が調べた情報を記してあります。ご参考までにお読みください。

①万年筆の発見場所は糸満市糸洲

②掘り出した壕は人の手で掘られた人工壕で、独立歩兵第21大隊(福井県敦賀)が駐屯しており、1945年6月5日以降に構築された

③同年6月8日からは独立歩兵第23大隊(福井県敦賀)もこの場所に合流している

④同年6月16日の夜間、独立歩兵第21大隊・第23大隊は宇江城・真栄平方面へ移動

⑤それ以降はこの場所に組織的な日本軍は駐留していない

もし、これらの情報に心当たりがあったら、どのような些細な情報でも構いませんのでお知らせください。国吉さんを始め、同会も私たちも遺留品の返還は、すべて無償のボランティア活動なので、安心してお問い合わせください。

近くから出た腕時計

近くから出た腕時計

この万年筆が出土した場所から一緒に出てきた遺留品を紹介いたします。この品々にも記憶が残っている方がいらっしゃれば、お問い合わせください。

湯呑hp

花の絵柄のおしゃれな湯呑も=写真上

ポマードhp

誰が使っていたのでしょうか、整髪料のポマードの瓶です。中身が残っていました=写真上

ハサミhp

おしゃれだったんでしょうか、ヒゲなどの=写真上

石鹸箱hp

中身が残っていたモダンな模様の石鹸箱。お風呂もないのに=写真上

針箱?hp

誰が使ったのでしょうか、針箱も出土。中身は劣化していた=写真上

歯ブラシhp

そして、支給品とみられる軍用の歯ブラシ。純毛のブラシ部分は残っていない=写真上

中身が残っている赤チンの瓶。持ち主は生き残ったのであろうか‥

中身が残っている赤チンの瓶。持ち主は生き残ったのであろうか‥

懐かしの赤チン。今はほとんど見かけません。すべて、万年筆が出土した半径10メートル以内で出土した遺留品です。見覚えがある方は、どんな些細な情報でもお知らせください。