盛夏の8月半ばの裏山。ナラ枯れが去年より広がっているように見える=2020年8月12日、深浦町で
戦没者のご遺族を訪ねた北海道の旅から帰還したお盆休みの朝、散歩がてらに見上げた裏山の変容に驚きました。ナラ枯れがまた、猛威を振るっているのです。カシノナガキクイムシによる被害なのですが、今年になっても収まる気配がなく、麓から山頂部へ広がり、渓流に沿って森の奥へ進んでいます。(文・浜田律子、写真・浜田哲二)
昨年の8月末の裏山。この森でのナラ枯れを目視で初めて確認=2019年8月30日、深浦町で
林野庁や青森県などがここ数年、地元の市町村と協議会を作って対応にあたっています。でも私たちの目視では、被害を抑えるまでに至っていないように感じます。高齢木や大径木を伐採して、虫による食害と病害が広がらないよう対策していますが、どれだけの効果があるのか計り知れません。
ナラの木の根元に散らばった虫害によるフラス=2019年8月30日、深浦町で
心配されるのは、世界自然遺産地域の白神山地への拡大です。コア地域と呼ばれる場所にはナラの木はあまり自生していないので心配はない、という声もありますが、遺産条件を構成する一員である野生動物への影響が懸念されます。
クルミの幹に忍者のように張り付いたニホンリス
夏から秋にかけて実るナラのドングリは、同山地周辺に生息する生き物たちの貴重な食料になっています。クマやサルなどの大型哺乳類から、リス、ネズミなどのげっ歯類も好んで食べているようです。
まだ青いクルミをかじるのが愛らしい
これらを鑑みると、病虫害で枯死するだけでなく、防除のために高齢木や大径木を切ってしまうと、野生動物たちの食べ物が大丈夫なのか、との心配も出てくるのです。専門家の一部から、ブナの実やその他のドングリがあるから、との指摘も聞きました。
リスを狙ってやってきたクマタカ。自宅から百㍍ほどの林縁で
が、昨年、私たちが暮らす集落で起こった数々の異変と照らし合わせると、納得が行く答えになりきらないのです。自宅の前で親子連れのクマに襲われた大先輩。顔などに大けがを負って、今も後遺症に苦しまれています。
飛び立つ瞬間、近すぎて翼が切れてしまった
そして、我が家の庭先にあるクルミや臨家の裏にあるクリの木などに登って、「ボリ、ボリ。ガリ、ガリ」。まだ青い実をむさぼり食うクマの親子が、毎日のように出現しました。裏戸を開けたら二頭の子を連れた母熊と鉢合わせした先輩も。
枯死したナラの木
過疎と限界集落化が進む深浦町では、若者の都会への流出が止まらず、五割近い住民が高齢者です。そんな近所のお年寄りたちは、安心して集落内を歩けないし、近くの畑にも行けない、と恐怖で顔を引きつらせています。
カシノナガキクイムシにやられて穴だらけになった幹
マタギの親方と一緒の狩猟へ参加するため、私たち夫婦もワナの免許を取得しています。そのため、熊の害獣駆除に加わるよう指令が届きました。鉄砲も持っていない素人夫婦に何が出来るのか不安でしたが、捕獲檻を使った箱罠でのお手伝いをすることに。
朝日新聞のドローンによる撮影も案内した
集落の外れや裏山の獣道に捕獲檻を置きます。当然、ロボット・カメラを仕掛けて。すると、入るはいる。二頭のコグマを連れた母クマが数組、単独の雄クマが数匹、わずかの期間内に捕らえられました。怖々見に行くと、不謹慎にも子グマは可愛くて、可愛くて……
捕獲された子グマ。切なげに母を呼んでいた
檻から出たがる子グマ
鉄製の檻の強度を信じて近づくと、鉄格子の奥へ後退りして、甘えたような小声をあげています。お母さんクマも、私たちから目をそらすように下を向いたり、檻の外へ視線を向けたり。と、気を抜いた私が背中を向けた途端、「ガォー」の咆え越えと同時に、「ガッシャーン」と檻が揺れました。
檻に入った三頭の親子グマ
なんと、さっきまで気のない素振りだったお母さんが、私に向けて飛びかかって来たのです。あまりの恐怖にすくみ上りました。鉄砲を持った猟友会の方々が、「背を向けると問答無用で襲い掛かって来る。油断大敵だよ」と戒めるような口調で諭して下さいます。
捕獲された雄クマ。鉄格子越しに爪を立てて、飛びかかって来た
檻の中では気弱そうで、小さく見えていた母クマ。それが、入り口の鉄格子に足を掛けながら血走った眼で私を睨めあげて、「ゴフ、ゴフ」と息を荒げます。怖い、こんなのに襲われたらひとたまりもない。
親を亡くした子グマが今春、枯れ草に包まるように事切れていた
生後一年近く過ぎていたが、体重は10kgにも満たなかった。何とか冬は越せたが、春は遠かった
しかし、自由を奪われた親子クマは、駆除される運命です。猟友会の皆さんが、安全を確保しながら銃をかまえます。「バーン」。森中に響き渡る銃声と火薬の匂い。さっきまで、ウロウロしていた親子が事切れていました。人を襲ったかもしれない親子、怖いけど、なんか可哀想……
クマ騒動でのパトロール中、繁みから顔をのぞかせたニホンカモシカ
林道を飛ぶように横切った
複雑な気持ちで遺骸を片付けて、また新たに仕掛けます。もう人を襲わないで、そして檻にも入らないで、と祈りながら。でも、猟友会のメンバーが帰ってしまうと、急激に心細くなり、恐怖感が募ってきます。私たちには向いていないなぁ、と夫婦で顔を見合わせました。
ナラ枯れの木を撮影するNHKのカメラマンさん
白神山地周辺のナラ枯れが、クマやその他の野生動物へどんな影響を与えているのかは不明です。しかし、山々に真夏の紅葉が広がり始めてから、生き物の異常行動が目立ち始めました。リスもクマタカも、こんなに民家に近い場所で目撃されることは今までなかったからです。
クルミの木を訪れたアオバトの夫婦
そして、何よりも心配なのはクマです。この集落に暮らす90歳を越えるおばあちゃんが、「こんな経験は初めて。怖いねぇ、安心して道も歩けないよ。でもクマも捕まったら殺されるんでしょう。それも気の毒だね」と俯きます。もう人に近づきすぎないでね。でも今年も食べ物がなければ、森から出てくるのかな。ほんとに切ないよ。
枯死したナラの林
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