早春の森で樵(きこり)の修業(上) ツイート 山から伐採してきた木。風通しが良い場所で約1年間は乾燥させる 我が家の重要な暖房器具「薪ストーブ」の燃料を調達するため、早春の山へ木を伐り出しに行きました。当然、まったくの素人なので、杣夫歴50年以上の伊勢勇一親方の後ろを金魚の糞のようについて行くだけです。白神の4月の山は、ちょうど雪が解けて。下生えが出始めた頃。樹々の新芽はまだ固く、冬の装いが色濃く残っています。 落ち葉が敷き詰められた冬枯れた山道を歩く伊勢親方。所々に春の息吹きが見える そんな中を伊勢親方は、チェーンソーと鳶(とび)を手に、ゆっくりとした歩みで登って行きます。「急ぐんじゃない。焦りや一瞬の油断が命取りになるからな。落ち着いて周りをよく確かめて作業するんだぞ」。いつになく真剣な口調で呟く親方の言葉が、白神岳から吹き降りてくる寒風よりも身を引き締めてくれます。 私らが暮らす集落を共有林から見下ろす。冬枯れの山を春の色が駆け昇って来ていた 木を切る仕事は、まさに命がけ。倒れてきた木の下敷きになったり、枝に叩かれてたりして亡くなった方は、深浦の町にも数多くいると聞きました。親方の仕事仲間の何人もが、山で帰らぬ人になったそうです。みんなベテランだったのに、わずかな隙が生と死を分けた、と仰られます。 傾斜が60度を越える斜面を鳶を支えにして降りてくる伊勢親方。後光を差すように林間から朝日がのぞいた 世界自然遺産・白神山地の登録地は、当然、1本の木も切ることはできません。遺産地域を取り巻く生態系保全地域も、同じような扱いです。が、その周辺の山々は、大昔から地域の人たちが持続可能な形で利用しながら暮らしてきました。今回、私たちが木を伐採した場所も、薪炭材として国から払い下げて貰った山の斜面です。地域の共有林として、100年以上前から、地元の人たちが利用し続けて来た森です。 満開になったスイセンの花 さぁ、親方の樵の腕前を見せて戴きましょう。「よし、まず運び出しやすいように、林道脇のクルミから切るぞ。この方向に倒すので安全な場所に避難していなさい」。チェーンソーのエンジンをブルンと始動させ、直径70㎝ぐらいの幹に鋸刃をあてます。「バゥン、バゥン。バランバンバンバン‥。ヴォー、ヴォー、ヴォーォー」。山々に甲高いエンジンの音が響き渡ると、静かだった森が急にざわめき始めたように感じます。 伐採する木を見上げる伊勢親方。白神山地にある樹種は、すべて頭に入っている そして、エンジンが止まり、鳶を手にした親方が、「おぉーい。倒れるぞ」と一言。「メキ、メキメキメキ、ドッシーン‥」。樹齢100年前後のクルミが地響きをたてて倒れました。その途端、切り口から、シャワーのように樹液がこぼれ出します。「この時期のクルミはたっぷりと水を吸い上げているからな。だから重いぞ」 まず、木に巻きついた蔓を切る。複雑に絡まった蔓のおかげで、思わぬ方向に木が倒れることもある。 約1.8㍍の長さに、幹を玉切りしながら親方が話されます。そして、斜面から林道へ転がり落とした幹を、馬鹿力の夫が抱え上げて軽トラックの荷台に積んで行きます。でも、二人とも、表情が冴えません。クルミの木は成長も早く、巨木になるのですが、重い割りには燃料としてはダメらしく、作業が割に合わないそうです。 倒れる方向に受け口を作る。これはイタヤカエデの木 急斜面でも、バランスを崩さずにチェーンソーを扱う。まさに職人技 そして次は、イタヤカエデ。これは、薪にしても火持ちがよく、最高の燃料になる樹種です。約10分で切り倒し、幹を玉切りして行きます。トラックの荷台に積んで麓の村まで運んでくる夫の仕事が次々と溜まるほど、親方の仕事のペースは落ちません。現場の斜面は45度以上あり、切り立った場所は60度以上です。私などは、何かに掴まっていないと立っていられません。 木が倒れる方角を何度も確認する。この木は複数の蔓が絡まっており、危険 クルミの木に打ち込まれた親方愛用の小型鳶。急傾斜の林道越しに日本海が見える 複雑に蔓などが絡み合った木。時にはクサビを打って倒すこともある そんな中、チェーンソーと鳶を手にした親方が、天狗のような足さばきで縦横無尽に歩き回ります。そして、「さぁ、今日は終わりにしよう。日が暮れると危ないからな。ご苦労さん」と、涼しい顔で山を下って来られます。それに対し、汗と泥にまみれ、へとへとになった夫が哀れで、情けない。でも、仕方ないよ、初めてだものね(笑)。この話は、もう一話続きます。(つづく) 蔓が絡んだイタヤカエデがようやく倒れた。とても危険な状態だった さて、この花は何? Post Views: 159 « 初春の海霧に包まれた村 早春の森で樵(きこり)の修業(下) »
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