沖縄県の遺骨収集活動から青森県へ帰って、ほぼ1週間。自宅へ帰ってから、2日間は何もしないでゴロゴロしていました。そして、ここ数日は長旅を清算するために、荷物の整理と部屋の片づけを始めました。まだ、疲れは抜けきっていませんが、子どもたちとの活動を再スタートさせるために、のんびりもしていられません。だらけ切った夫の尻を叩きながら、家事と庭仕事をこなして行きます。
北国の深浦町には、まだ所々に雪が残っていますが、白神の麓の集落にも、徐々に春の足音が近づいて来ています。そんな夕刻、お隣に住んでおられる90歳の長老から、庭で太平洋戦争のお話を聴いていました。すると、海の方角から川や道を通って、真っ白な煙と言うか蒸気のような塊が、どんどん集落内に流れ込んできます。
思わず、「え、火事!」と叫ぶと、長老が、「いやいや海霧だ。海水温と大気に温度差が出来ると発生するんだよ」と、微笑みながら教えてくださいます。霧は、あっという間に家々や畑を真っ白に包み込み、視界は10メートルもあるかないか。驚いた夫が自宅へ飛び込み、カメラを持ち出して、パシャパシャと写真を撮り始めました。
そんな姿を横目に、「年に1~2回、春先に見られる現象だけど、こんなに濃いのも珍しい。今日は暖かかったからな」と、静かに話してくださる長老。が、「ん、これが出ると冷え込むんだ。じゃ」と、早々に自宅へ戻られます。珍しい光景に夫は夢中でシャッターを切り続けています。
さぁ、海へ行くぞ、と夫。軽トラックのエンジンを掛けて、イライラした様子で待ち構えています。もう、気が短んだから‥。でも、海がどんなになっているか、私も見たい。助手席に飛び乗って、港へ行ってみました。が、がっかり。霧が濃すぎて何も見えないのです。船が出入りする港の入口も見えません。でも、こんな光景は初めて。まるで、ミルクの中にいるようです。
海霧は、暖かく湿った空気が温度の低い海面に接することで生じるとされ、沿岸部の陸上にも流れ込んで来ます。これは移流霧と呼ばれており、春から夏にかけて三陸沖や北海道東方沖などでも発生します。濃密で長続きするため、周辺を航行する船舶にとっては大きな障害となります。更に、この霧が陸上に滞留すると気温が上がらなくなり、東北地方の冷害を引き起こす原因のひとつにもなっているようです。
この集落に移住して3年半が過ぎました。もう今年で、4度目の春を迎えます。こんな私たちへ、世界自然遺産の森や川、海は、過去に体験したことがないような表情を見せてくれます。でも、3月末の北国の山は、まだ地味な冬枯れの風景のままです。そして、色鮮やかな春の彩りに里山が覆われるのには、もう少し猶予が必要です。
「白神の四季は海からやってくる」と、集落の長老やマタギたちが口を揃えます。まず、春の海で藻が茂り、岸辺に魚がのっこんで、山々も麓から新緑に染め上げられてゆきます。雪に閉ざされていた集落が、ある朝突然、一気に明るくなるような暖かい陽光に包まれると、白神の住人は春の訪れを感じます。この海霧も、その先導役なのかな。春よ来い、早く来い!
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