みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
豊饒の海に流れ着いた厄介者②

豊饒の海に流れ着いた厄介者②

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船体が真っ二つに折れてしまった座礁船。後方は森山地区の家並みと白神の山々
船体が真っ二つに折れてしまった座礁船。後方は森山地区の家並みと白神の山々

 深浦町の笹内川の河口に昨年3月、カンボジア船籍の貨物船「AN FENG8」(アンファン号)(乗組員12人)が座礁してから1年と2か月が過ぎました。重油漏れなどの深刻な二次災害には到りませんでしたが、船は日本海の荒波に揉まれて真っ二つに折れて、今も放置されています。秋田港から北海道の室蘭港へ向かう途中、浅瀬に乗り上げて座礁。幸いにもベトナム人などの乗組員は全員無事でしたが、肝心の船を誰も引き取りに来ません。所有者は中国人。事故に備えた「船主責任保険」には加入していますが、所有権を三人が有しており、その内の一人が保険会社と連絡が取れないそうです。

日本海の激しい荒波で、折れてしまった船倉部分
日本海の激しい荒波で、折れてしまった船倉部分

そのため、三人の船主の同意がなければ保険の適用が難しいので撤去作業ができない、と保険会社は話しています。それもあって1年を過ぎた今も、中央部から千切れた座礁船は、錆びつきボロボロに朽ち果てて、海岸の浅瀬に横たわっています。この保険は、船舶の運航に伴って生じる賠償責任を補助するものです。港湾施設を破壊したり、油を流出させたり、座礁した船を撤去する費用も、当然、適用対象になるはずです。それが、船を放置させたまま、知らんぷりする船主に連絡できないという理由だけで、座礁船はなすすべもなく放ったらかされています。

海水浴場だった浜辺に遊泳禁止の看板が
海水浴場だった浜辺に遊泳禁止の看板が
海水浴客向けに整備された浜も、立ち入り禁止に
海水浴客向けに整備された浜も、立ち入り禁止に。後方は白神山地

ここは、深浦町のマタギ・伊勢親方が、イカやタコを拾う浜。時には、魚も釣るし、流れ着く流木なども拾い集める、暮らしの糧を得る豊饒の海です。でも、放置船が、「危険だから」という理由などで、立ち入ることはおろか、そこで獲物を手に入れることもできません。浜を歩いても、船を遠巻きにして、眺めるだけになってしまいました。

座礁船の横で憤る伊勢親方
座礁船の横で憤る伊勢親方
船主からはなしのつぶて。工事中の看板がむなしい
船主からはなしのつぶて。工事中の看板が腹立たしい

座礁現場近くの波打ち際は、「海岸法」による保全区域に指定されています。でも、船があるのが微妙に海上なので、法的な撤去命令が出せません。それをいいことに、船主も保険会社も、のらりくらりと誠意ある対応をしないのが腹立たしいです。青森県は、このまま持ち主が船を放棄した場合も想定して、法律の改正を求める要望を国へ出していました。すると、「座礁船の撤去命令を出せる範囲を公共海岸に限定せず、海上も含めた保全区域内とする」、「命令する相手が不明な場合は、海岸管理者が自ら措置できる」、などとする改正案が今春、政府の閣議で決定されたそうです。

いつまで、このままなのか。舐められているとしか思えない対応
いつまで、このままなのか。舐められているとしか思えない対応

 これまで、国内のあちこちの港や海岸に放置されている座礁船の多くを、国や地方の自治体が費用を捻出して撤去していました。ゆえに、この法改正が解決への一縷の望みになるか、とも思われるのですが、事態はそう甘くないようです。第3国の船主に撤去命令を出しても、「会社が倒産して、費用がない」とか、「所有者が行方不明になった」とか、適当な理由を付けられて、逃げられることが多発しているからです。悪質なのは、ロシアや北朝鮮、中国などの国々で、何度も煮え湯を飲まされ続けていると聞きます。

一緒に野生動物の観察を続けている、みなみちゃん。写真家になりたい、と夢を語ってくれている
一緒に野生動物の観察を続けている、みなみちゃん。今年中学校に入学。写真家になりたい、と夢を語ってくれている

そして、船籍がカンボジアであるのも曲者です。自国籍のこうした船がトラブルを起こしても、同国は「責任は船主や荷主にある」として、一切、関わらないそうです。今から20年近く前に、内戦後のカンボジアを取材しましたが、外務省の職員が勤務中に通訳のアルバイトに精を出し、賄賂で私腹を肥やしていました。微笑みを絶やさない、とても優しい国民性と、生産性の高い豊かな国土を誇っていましたが、ベトナム戦争などで大国に翻弄されて以来、国民を大虐殺したり、今も貧困で苦しんでいたりする状態が続いています。たぶん法治国家としての体をなしていないのでしょう。こんな旗国の名を借りた他国籍の船が、堂々と日本へ入港し、トラブルの元凶になっているのです。

ゴミだらけの浜。大陸や半島からの漂着物が多い
ゴミだらけの浜。大陸や半島からの漂着物が多い
人型の漂着物。アンファン号から流れ出た物
人型の漂着物。アンファン号から流れ出た物

そして、風光明媚で豊かな漁場を持つ地方の海で座礁し、漁業やレジャー産業に大打撃を与えます。行政が動き出すまでは何の補償もないので、憤る住民の声が大きくなり、国もしくは県が、「行政代執行」に踏み切らざるを得なくなります。この場合、厳しい強行手段で船主を追い込まない限り、踏み倒されることが多いそうです。結局、最後は国民の税金で賄うことに。九州で新聞記者をしていた時代、そうした事例を数多く見たので、今回も同じ轍を踏みそうな気がして仕方ないです。すべての撤去には、たぶん数億円程度の費用が掛かるでしょう。それを税金で肩代わりするなんて、いつから日本はこんなお人好しの国家になったのでしょうか。

風光明媚で豊穣の海辺が台無し
風光明媚で豊穣の海辺が台無し
笹内川の河口付近には、タイヤなどの漂着ゴミが‥
笹内川の河口付近には、タイヤなどの漂着ゴミが‥

いっその事、この船主が所有する他の船舶が国内の港に入港したら、差し押さえて撤去費用を負担させるぐらいの気構えで臨んで欲しいです。先日、かの中国に、戦争中の話を蒸し返された商船三井の船が差し押さえられ、多額の賠償金を払って解放されました。同列に扱える問題ではないのですが、国や当該の地方自治体が、毅然とした態度を示せないものですかねぇ(民族的な昂揚とは別次元で)。

人間が流れ着いたのかと思った光景。近づいてみると‥
人間が流れ着いたのかと思った光景。近づいてみると‥
座礁船から流れ出たごみと漂着ゴミが海岸線に散らばっている
座礁船からの流出物と漂着ゴミが海岸線に散らばっている

さて、この座礁船が放置されている浜に、なんと人が倒れています。「えー」と声をあげて駆け寄ると、海で働く方々の人型の耐寒用スーツでした。韓国のフェリーボートが転覆し、大勢の死者が出たので、お気の毒な亡骸が流れ着いたのかと思って、びっくりしました。が、これも、アンファン号から流出したゴミです。この座礁事故の後、美しかった海岸は漂着するゴミで見る影もありません。伊勢親方が大切にしてきた美しい海と浜を、早く取り戻したいものです。(哲)

千切れた船橋部分は海上にある。後方は岩崎の街並み
千切れた船橋部分は海上にある。後方は岩崎の街並み

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