みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
●2015年遺骨収集54日目 今年の収骨活動は終了

2015年遺骨収集54日目 今年の収骨活動は終了

平和の礎の前で遺骨を仕分ける
平和の礎の前で遺骨を仕分ける           

終戦から70年の今年、沖縄県での私たちの遺骨収容作業が終了しました。1月20日に沖縄入りして、54日目。様々な弊害や制約があって、考えていた以上に収骨活動が進みませんでしたが、仲間たちの助けを得て、大きな成果をあげることができました。

NHKの沖縄放送局で取り上げて下さいました。

http://www3.nhk.or.jp/lnews/okinawa/5093165411.html

納骨袋に、参加者の名前や活動場所などを記す
納骨袋に、参加者の名前や活動場所などを記す

まず、収骨量の多さです。全体量もさることながら、部位別で言うと30柱(30体)以上は、納骨できたのではないか、と思われます。これだけの量を出せたのは、終戦から60年以来です。

NHKのカメラマンも撮影後、遺骨を慈しんでくれた
NHKのカメラマンも撮影後、遺骨を慈しんでくれた

そして、特筆すべきは、戦没者の遺留品のことです。今年は、主に糸満市喜屋武と福地の丘陵地帯で活動したのですが、発掘できた遺留品の種類の豊富さと出土量の多さに驚いています。

喜屋武と福地の丘陵地帯から出てきたボタンなどの遺留品
喜屋武と福地の丘陵地帯から出てきたボタンなどの遺留品

この後の活動として話を紡ぎますが、持ち主の身元が判明し、ご遺族の元へお返しできる遺留品が複数出たのです。ひとつは万年筆。もう一つは印鑑とメガネです。70年の歳月を経て、奇跡のような出来事です。

民間人の遺骨が出る岩の隙間から出てきたキセルの一部
民間人の遺骨が出る岩の隙間から出てきたキセルの一部

収骨は終わりましたが、次回は、遺留品の返還活動などを報告いたします。感動的な話もあれば、次世代の若者が活躍する事例もありそうです。今年は、実際の遺骨収容よりも、行政との軋轢やマスコミ対応などで多忙だった活動年になりました。

遺骨袋を納骨。今年は量が多いので重い
遺骨袋を納骨。今年は量が多いので重い

節目の年になると、いつもこうなりますが、それも、重要な仕事だと受け止めています。ただ、大切なことは、私たちの活動の原点である「戦没者の慰霊のために働く」ということを忘れてはいけない、ということです。

平和の礎の目で厳かな時間
平和の礎の前で厳かな時間

埋もれたままの遺骨を少しでも陽の当たる場所に戻してあげる。それを今年も実践できたと自負しています。でも、まだ数多くの戦没者が、沖縄の山野に眠っています。私たちの活動が、いつ終わりを迎えることができるか、想像がつきません。

5つの納骨袋を仮安置した。これでお別れ‥
5つの納骨袋を仮安置した。これでお別れ‥

今後も、体力と気力が続く限り、がんばります。多忙で、ブログの更新が滞ったことをお詫びいたします。終戦から70年の遺骨収取活動、もうしばらく、お付き合いください。