青森県深浦町の小さな集落     
●2015年遺骨収集活動30日目 海外のジャーナリストから取材を受けました

2015年遺骨収集活動30日目 海外のジャーナリストから取材を受けました

国吉勇さんを撮影する仏人ジャーナリストたち
国吉勇さんを撮影する仏人ジャーナリストたち

沖縄戦の終結から70年の今年、私たちの遺骨収集活動が海外のジャーナリストから取材を受けました。欧州のテレビで放映したい、と依頼があり、記者とカメラマン、通訳兼コーディネーターの3人のフランス人がやってきました。

白梅学徒隊の生き残りの女性を取材するGさん
白梅学徒隊の生き残りの女性を取材するGさん

外国語が苦手な夫婦は、「フランス語?、あいさつの言葉も判らんよ‥」とオロオロ。が、自らもジャーナリストでありながら、今回は通訳とコーディネートを担当するQさんは、日本語がペラペラ。記者のⅯさんも、会話レベルならば完璧の日本語を話します。カメラマンのGさんも、片言ながら、沖縄のおばぁとあいさつを交わしていました。

白梅の中山きくさんと名刺交換
白梅の中山きくさんと名刺交換

「うーん、恥ずかしい。せめて、あいさつぐらい勉強したらよかった‥」。ちょっと、萎れながら、哲二を見ると、「どうせ、俺は解からん」と、まったく意に介する様子はなし。優秀な外国人記者のチームに、堂々の日本語で答えています。そのうえ興奮して、いつも以上に難しい講釈を捲し立てているので、余計に恥ずかしさが募ります。

学生に付き添われて階段を登るきくさんを撮影
学生に付き添われて階段を登るきくさんを撮影

一方、占領下の「アメリカ世」で暮らした、ウチナンチュの国吉さん。「昔は英語で会話したものよ」と、自信満々でしたが、彼らの前では緊張して、日頃、使い慣れない敬語の日本語でタドタドと答えている始末。二人とも、ダメねぇ。でも、私も同じ。彼らが取材中は、出来る限り近づかいないように、動向を伺いながら行動していました(笑)。

国吉さんの戦争資料館で撮影中に打ち合わせ
国吉さんの戦争資料館で撮影中に打ち合わせ

でも、この3人。取材対象に対する姿勢が素晴らしかったです。記者のⅯさんは、納得がいくまで、様々な形で質問を投げかけます。決して誘導したり、大袈裟な内容を引き出そうとしたりしないで、本人の心の声を見事に引き出していました。

証言者の話を聞く学生たちを撮影
証言者の話を聞く学生たちを撮影

Qさんも、難しい内容の日本語を完璧に通訳し、取材の段取りや交渉事も難なくこなします。日本語のジョークや言い回しでさえ、理解して返してくる様に、「私たちよりも、日本の言葉や文化を理解しているのでは‥」と、感じてしまいました。

きくさんを撮影
きくさんを撮影

そして、カメラマンのGさん。その取材姿勢の素晴らしさに、夫の哲二も舌を巻いていました。良い映像が撮れるまで、絶対に妥協しない執念。納得できないときは、時間をかけて粘り、必ず自分のイメージに近い絵が撮れるまで、絶対に引き下がりません。国吉さんも哲二も、「とても、良い体験をさせてもらった」と、心から喜んでいました。

学生に証言するきくさんを撮影
学生に証言するきくさんを撮影

まだ、放映されていないので、何を取材されたかなどは一切、記せません。だけど、きっと良い番組に仕上がるはずです。多忙なため、駆け足で、沖縄を後にされましたが、もっと早く相談して下されば、沖縄戦を体験した更にすごい人も紹介できたのに‥。それが残念です。

白梅の中山きくさんと対面
白梅の中山きくさんと対面する、左からGさん、Ⅿさん、Qさんら

ただ、約束しました。次は青森へ遊びに来ていただける、と。とても、楽しみですが、背が高いGさんは、我が家の鴨居で頭を打ってしまうかも知れません。狭いトイレや風呂も大丈夫かなぁ。私の手料理の日本食が口に会うのか心配‥。

国吉さんの戦争資料館でカメラを構えるQさん(右)とMさん
国吉さんの戦争資料館でカメラを構えるQさん(右)とMさん

しかし、マタギの伊勢親方にも会って戴き、白神の森を案内出来たら喜ぶだろうなぁ。深浦の子供たちも紹介したい。大間越の3人娘はどんな態度で応じるかな。

白梅の搭に祈る国吉さんや学生たちを撮影する
白梅の搭に祈る国吉さんや学生たちを撮影する

Gさん、Ⅿさん、Qさん。ありがとうございました。取材だけでなく、様々なことでお世話になってしまって。心より、御礼を申し上げます。次回は青森で、お待ちしています。