
約2か月ぶりに、遺骨収集の現場へ復帰された国吉さん
最愛の奥さまを昨年末、亡くされた遺骨収集家の国吉勇さん(76)が、現場へ復帰されました。四十九日まで喪に服し、お別れの時間を大切にされていたそうです。

早速、壕の中で作業を開始(このシリーズの写真は、防塵、防水、耐衝撃に強い「RICOH G800」で撮影)
国吉さんをいつも支えて来られた、優しい奥さまで、私たちも大変お世話になりました。早すぎる逝去に心が痛みます。体調の不良を訴えられて救急搬送された数日後、息を引き取られました。肺炎だったそうです。

掘り出された遺留品。木製箪笥の取手の金具

資生堂のロゴがついたクリームのビン
「あっという間だったよ。こんな形で別れが来るなんて‥」と、国吉さんも寂しそうです。心労のためか、少し痩せられたようで、元気で若々しい親方の姿が、いつもより小さく見えてしまいました。

少し痩せられたかも。心なしか小さく見える
ご家族と相談し、事故や病気などに十分注意する、という条件で、遺骨収集活動を再開されたそうです。約2カ月ぶりの現場だったので、蔓に足を引っかけたり、岩につまづいたりして、少し心配な足取り。

激しい砲撃と銃撃で、穴だらけになった岩肌
でも、南部のジャングルの中を歩きながら、「もう、あまり無理は出来ないけど、若い人たちが来てくれるのならば、まだまだ頑張らなくては」と、明るい笑顔を見せておられました。

ジャングルの中を歩く国吉さん
今回の場所は、国吉さんもあまり活動したことがない地区。あちこちの壕口や岩の割れ目に顔を突っ込みながら、「ここは手付かずだね」、「遺骨が見えている。たぶん、大勢が亡くなられているはずだ」と、次第にいつもの口調で解説。

壕の中では、いつもの国吉さん
砲撃で崩れ落ちた巨岩が重なり合い、あちこちに浮石がある危険な岩場を、飛ぶように歩きます。私など、とてもついて行けません。「ちょっと、掘ってみようかね」と、「カッチャギ(熊手)」を掴んで壕に潜り込むと、いきなり遺留品を手に出て来られました。

あちこちの岩の割れ目を覗かれながら、活動場所を探る
国吉さん。奥さまの事、お悔やみ申し上げます。言葉には出さなくても、お互いを大切に思い、愛し合ってられたのを私たちは知っています。とても素敵なご夫婦でした。

壕の入り口で、遺骨を探す。後方は筆者の律子
長年にわたり、国吉さんが遺骨収集活動で成果を挙げることが出来たのも、奥さまの深いご理解があっての事だと思います。これからは、どうかお体を大事にされて、お二人の分を元気で長生きされてください。

インクが入っていたビン。これも遺留品
明日から、学生との活動が本格化します。今年は約200人がお世話になります。いつも自らが率先して行動し、まさに背中で語りながら、後進を導かれる姿を私たちは尊敬しています。今年も、がんばりましょうね!

復帰の初日。作業を終了後、壕から出て来る国吉さん
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突然失礼致します。
昨年2月にIVUSAの学生として沖縄の遺骨収集活動に参加させていただきました。あまり直接多くはお話できませんでしたが、認識票が見つかった時、詳しくお話をしてくださったり、収集したご遺骨を手に取りながらひとつひとつのご遺骨の状態から見た当時の状況を語ってくださり本当にありがとうございました。
そして、前日で申し訳ありませんが、明日からお世話になる活動にも参加いたします。非常に短い時間ではありますが、遺骨収集活動に全力で臨みたいと思います。
明日からよろしくお願い致します。拙い文章で失礼いたしました。