青森県深浦町の小さな集落     
●ツキノワグマ②

白神山地の生き物たち「ツキノワグマ②」

東北、北海道でクマによる人的な被害が続出しています=動画上、登山客や観光客らが頻繁に歩く遊歩道を夕刻、ゆっくりと歩くクマ。相当な大物だ。福島県の会津地方では死傷者も出たようで、ツキノワグマでも決して油断ができない野生動物であることを再認識させてくれます。この時期は、メスグマが子どもを連れていることも多く、特に要注意です。白神の山で出会うメスグマは、決して大柄ではありませんが、我が子を守るために死に物狂いで襲いかかって来るため、危険極まりない生き物になります。

白神山地でも数年前、猟友会のメンバーが、単独でクマ猟をしていて、手負いの親グマに逆襲されて亡くなるという、痛ましい事故がありました。深浦町の「マタギ」伊勢勇一親方の友人でもあった仲間の不幸な事故でした。親方は、「山で出くわすクマを舐めてはいけない。特に子連れはどんな小さな奴でも危険だ。あの鋭い爪で引っ掻かれ、太い腕で抱え込まれて噛み付かれたら、大の男でも太刀打ちできない」と警告されています。

今年の5月25日朝、ロボットカメラの前を横切ったクマ。走るわけでもなく、堂々と遊歩道を歩いていた、深浦町で

今年の5月25日朝、ロボットカメラの前を横切ったクマ。走るわけでもなく、堂々と遊歩道を歩いていた、深浦町で

私たちも、何度かクマと行き合ったことがありますが、大抵は木に登っていたクマに気づかず通り過ぎ、距離が少し離れた所で、大慌てでクマが木から滑り降りてくる姿を見るだけです。一度は、親方と夫が、「この先は地形が険しいから待っていろ」と、私を置いて先へ進んだ後、二人が下を通ったミズキの木から、黒い塊が滑り降りて来たことがありました。アイヌ犬ぐらいの大きさだったので、「え、親方が飼っている犬?。連れてこなかったのに、なぜ‥」と思うも何も、犬が木に登るはずがありません。尖っていない丸い形の耳、そうクマです。それも、私の方へポンポン弾むように駆けてくるではありませんか。

凍りついたように立ち尽くしていると、約15㍍手前でクマがようやく私の存在に気づき、急遽、Uターンして森の中に消えてゆきました。一瞬の出来事でしたが、クマがいなくなってから足が震えました。そして、小柄だったので子グマの可能性もあるため、今度は親が出現するのでは、と怖くなり、大きな石の上に避難して大声で歌を歌い続けました。これ以降、どんなに険しい場所でも、足でまといになろうとも、この二人とはぐれないようについて行くことにしています。

上のクマが出没した同日の午後、遊歩道の同じ場所を歩く観光客。ニアミスが心配な時期だ

上のクマが出没した同日の午後、遊歩道の同じ場所を歩く観光客。ニアミスが心配な時期だ

亡くなられた方へ、心からご冥福をお祈りいたします。ただ、春先の山菜採りは、クマと出会う確率が最も高くなるので、山に入られる時はそれなりの装備と覚悟が必要です。特にこれからシーズンとなるチシマザサ(ネマガリダケ)は、クマの大好物です。そして、笹の藪は見通しが聞かず、音も聞こえにくいので、ニアミスどころか鉢合わせする例が多々あります。私たち夫婦も、タケノコ採りの時は鈴やラジオを持参して、クマも人もお互いの居場所を知らせながら、森の恵みを共にいただきます。でも、親方は音が出る物は一切持っていきません。ある時、銃を持たないで森に入った折、不意に子連れグマと出くわし、「なんだ、やるのか」と、とっさに抜いたナタを構えて約40分間、数㍍の至近距離で親グマとにらみ合ったことがあったそうです。飛びかかるタイミングを計るクマの体が我慢しきれずにブルブルと震えだし、襲ってきたらナタで鼻先に一撃を加えてやるぞと覚悟を決めた時、クマは踵を返して森の奥へ。その後を2頭の子グマが転がるように駆けて行ったそうです。「あの時は、危なかったなぁ」と笑いますが、私らにとってはそんな呑気な話ではありません。いつもビクつきながら、親方の後をついて行きます=動画下、上の写真と同じ遊歩道をお昼前に歩く子グマ。親方は、すぐ近くに母グマがいる可能性が高いと話している

白神山地のクマは、地域の人たちにとって危険な存在でもありますが、ここで活動するマタギたちにとっては貴重なタンパク源であり、現金収入を得る大切な獲物でした。そのクマがこの森で、今、増えているのか減っているのかは、私たちには判りません。でも、「天敵」であるマタギを始めとした狩猟者が減ってしまうと、そん他の敵がいないクマの脅威も小さくなります。過疎と限界集落化で、白神山地周辺の狩猟採集の文化は風前の灯火です。そうしたことに目を向けながら、危険とされているクマの姿を更に追い続けてゆきます。