青森県下北半島には、「北限のサル」という呼び名で有名なニホンザル(国天然記念物)が棲息しており、ヒトを除けば世界で最も北に暮らす霊長類とされています。そして、ほとんど緯度が変わらない白神山地にも数多くのサルが群れを作って生活中です。ニホンザルはその名が示すように日本の固有種で、東北地方の個体群は大型になるといわれます。観察していると、親子の愛情が深く、群れの結束が固いのがよくわかります。世界自然遺産に指定された頃は、山を歩いても、森の奥深くで一つか二つの群れと稀に出会う程度でした。しかし最近は異常に数を増やし、麓の集落の田畑を襲う「害獣」として、地域の人たちに嫌われています。
深浦町も、サルによる農作物の被害が深刻です。
若者が都会へ流出して地域の高齢化が進むと、限界集落となって耕作放棄地が増えます。そこに雑草や木々が生い茂り、サルやクマが畑や人家に近づきやすくなります。農作物は、彼らにとって苦労しないで簡単に手に入るエサです。味をしめたサルは頻繁に訪れて、美味しいところを一口だけかじって捨てるような「なぶり食い」をし、お年寄りたちが精魂込めて育てた農作物を食べ荒らしてゆきます。
「うちのトマトはうんめえよ」。「息子や孫にカボチャ送ってやるよ」。畑に向かうじっちゃん、ばっちゃんの目はキラキラ輝いています。娯楽の少ない過疎の村では、畑仕事がお年寄りの数少ない楽しみの一つです。
それが、獣害で耕作できなくなると、草ぼうぼうの荒地が増えて、サルなどが更に侵入してきます。そして、田畑も生きがいも失ったお年寄りが、家に引きこもって寿命を縮めてしまい、また耕作放棄地が増える‥。そんな悪循環が、深浦のあちこちの集落で起こっていると聞きます。
「サルに負けてたまるか」と、元気に畑へ向かう方もいらっしゃいます。が、人がいると近づかず、お昼休みや悪天候で田畑を離れると、すかさずやって来て悪戯を繰り返します。我が家の近所のお年寄りたちも、猿知恵との闘いに疲れ果て、すっかりやる気を失いかけています。
かたやサルの方は、高カロリーで美味しい餌を簡単に手に入れて、短い期間で繁殖を繰り返し、個体数がねずみ算式に増えていると推測されています。深浦町の昨年度の集計では、25群で約550頭を確認しており、実数はそれを遥かに上回ると推計されます。山を歩くマタギや狩猟者によると、世界遺産に指定された頃に比べると、5倍から10倍ぐらい増えているのでは、いう指摘もあります。
そのため、町では近年、有害鳥獣の問題解決に力を入れています。
管内の生息状況の調査をはじめ、捕獲したサルに電波発信機(テレメトリー)をつけて群れに返し、この電波を拾うことで、群れの位置を読んで移動方向などを予測し、追い払いに生かしています。
できるだけ殺さない方向で努力していますが、天敵のいないサルにとってはよほどの気象変動などがない限り、減ることはないと思われます。
猿は古来から、山の神もしくは山神の使者として敬われてきました。「庚申様」、「見猿聞か猿言わ猿」、「猿カニ合戦」など、民間信仰やおとぎ話などにも登場し、そこでは人間と近しい存在として描かれています。白神山地でも、「サルを殺すとバチが当たる」とか、「サルを脅したり、汚い言葉を吐きかけたりしてもいけない」として、畏れ敬う存在として扱われてきました。マタギも「サルは殺せない、撃ちたくない」と、はっきりとサルの有害駆除を嫌がります。
世界自然遺産で暮らす貴重なサルですが、これだけ増えすぎると人間の暮らしだけでなく、他の生態系への影響も心配されます。いずれは行政機関が研究者らと相談し、減らしてゆく方向で保護管理してゆくしか方向性はないように思えます。今後も、サルと人間がより良い関係を取り戻すことを願って観察を続けようと思っています。(律)
顔が赤くてかわいいですね
観察がんばってください