みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
●深浦町の「マタギ」伊勢勇一親方③

③深浦町の「マタギ」伊勢勇一親方(第3部)

狙う②hp

また、伊勢親方のお話にお付き合いください=写真上、ライフル銃でクマを狙う親方、深浦町で。東北地方のマタギといえば、やはり「クマ撃ち」です。白神山地にはクマを追う有名なマタギが数多く存在しました。山に隣接する村々に、それぞれ伝統的な狩猟を重んじるグループがあり、それがマタギの集団でした。遠くは藩政時代に、白神山地周辺のマタギたちが、仕留めたクマを津軽藩の殿様へ献上したという記録も残っています。特に赤石川源流域を縄張りとする大然マタギが有名で、現在もその流れを汲む末裔が鰺ヶ沢町大然地区に、ご健在です。

森をゆくhp

近年になって、日本人の生活文化が様変わりし、伝統的な狩猟で生活していくことは難しくなってしまいました=写真上、阿仁マタギの流れを汲む仲間(前方)と一緒にクマ撃ちのために山を歩く。趣味やスポーツのひとつとして続けられていますが、日本が貧しかった昭和30年代までは、狩猟は貴重なタンパク源と高価な毛皮を手に入れる重要な一次産業でした。金と同じ値で取引された熊の胆など余すところなく利用されたクマ、毛皮が珍重されたテンやキツネなど、生き物が豊富な白神山地は、狩猟者たちが八面六臂の活躍ができた場でした。広範囲な手つかずの森は、地形が険しかったために、奥地まで森林伐採の手は伸びませんでした。その結果、後世に世界自然遺産となる最大級のブナ林が残されたほどです=写真下、山の木々が一斉に芽吹く頃、冬眠から覚めたクマが穴から出てくる。この時期が春のクマ撃ちのシーズンだ。双眼鏡でクマの存在を確認する

一斉に吹き出る新芽hp

そして、東京を中心とした都会への人口流出と産業構造の変化が、白神山地周辺で暮らす人々の生活を劇的に変えてしまう時代が来ました。日本の高度経済成長期です。東京五輪が開催された昭和39年(1964年)前後、都市部の労働力不足は地方の人材によって補完されることになります。旧岩崎村を含む深浦町でも、地元で農林水産業に従事するよりも、集団就職を利用して都会で一旗揚げてやろうとする人が一気に増えました。その頃は、皆が競って都会へ、特に東京を目指したといいます=写真下、山の湧水に口を付ける親方。

幸運の泉hp

その頃、伊勢親方は旧岩崎村に住み、杣夫として山の測量や森林伐採の仕事に従事していました。頼まれて北海道などに木を切る出稼ぎに行くこともありましたが、その合間を縫って、狩猟に出かけていたのです。当時は、山仕事もたくさんあり、ウサギやクマなどの獲物も湧いて出るほど白神にはいた、と振り返ります。若くして、狩猟の知識や技に長け、腕っぷしも強く度胸もあった親方は、岩崎の狩猟者たちに一目置かれるようになりました。集団でのウサギ狩りやクマの巻狩りでも、親方の腕を頼って多くの狩猟者たちが集まってきたといいます=写真下、仲間と一緒に双眼鏡で木に登るクマを探す。冬眠から覚めたクマは、太陽を全身に浴びるため必ず木に登って身体を干すそうだ。人間の日光浴と同じようにビタミンDを体内で生成するためだろうか‥

熊見台hp

しかし、高度経済成長期を経て日本は輸出から輸入大国へと変わり、国産の木材が外国から入ってくる外材の値段に太刀打ちできなくなりました。当然、親方の仕事も減り、山仕事だけでは食べていけません。子供も二人授かって、山仕事ではない土木作業の出稼ぎに出るようになり、狩猟の機会も減ってしまいました。出稼ぎに出ない時は、山に入ることもありましたが、生活もあるし、そう頻繁には行けるものではありません=写真下、クマを発見。ライフルで狙いを付ける。その間に数人の仲間が撃ち手としてクマの行く先を塞ぎに行く。それでも山が恋しくて、出稼ぎ先では昼夜の別なく三交代で働き、わずかな休みに仲間の車で帰って、猟に行ったこともあるといいます。

狙うhp

そんな折、無理が祟ったのか、青函トンネルの掘削作業に従事中、脳内出血を起こして倒れてしまったのです。命は助かりましたが、半身不随となって体の自由が効かなくなってしまいました。言葉もうまく発することができず、トイレにも一人で行けません。その時、奥さまは、「もう、この人は終わりだ」と思ったそうです。それから、親方の必死のリハビリが始まりました。内容は前述したので、ここでは触れません。ただ、歩くスピードは半分以下になり、力も若い時ほど発揮できなくなりましたが、岩崎の狩猟者のリーダー的な存在は変わりませんでした。それは、山の事や生き物の行動を読む知識があったからです。銃の腕も、心配するほど落ちてはいませんでした=写真上、射止めたクマを前で仲間と。それほど大物ではなかったが、鋭い牙と爪を持つ

祝杯hp

こうした折に、私たちをクマの巻狩りに連れて行ってくれたのです。この経緯は後編に続きます(4部に続く)