みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
活動

訪れた珍客

ガードレールの下を潜るカササギ
ガードレールの下を潜るカササギ
遠目には小型のカラスに見えたが、美しい羽根を持っている
遠目には小型のカラスに見えたが、美しい羽根を持っている

子供たちと、シノリガモの観察に出かけていた時のことです。秋田県境近くの峠を車で走っていると、羽の一部が白い、カラスのような鳥が、地面を歩いているのを見つけました。まさか、と思いつつ、急いで戻ってみると、いました。九州に住んでいた時に見かけたカササギです。

国道101号が走る青森、秋田県境の海岸線。ジオパークに登録された
国道101号が走る青森、秋田県境の海岸線。ジオパークに登録された

この鳥は世界的にみると、イギリス、ヨーロッパ全域、朝鮮半島など北半球に広く分布します。が、日本では、佐賀県を中心に、福岡、熊本、長崎県など北九州の平野部に集中し、一部の生息地は国の天然記念物に指定されるほどです。近年、北海道の一部で繁殖が確認されたものの、本州の他の地域では、あまり見ることができません。

地面をチョンチョン跳ねながら、移動して行く
地面をチョンチョン跳ねながら、移動して行く
道路脇の草むらで餌を探していた
道路脇の草むらで餌を探していた

青森県では三厩村(今の外ヶ浜町)などで確認例があるようですが、かなり珍しいお客さんのようです。カラスより小型で、雑食性。観察していると、時折、地面をつつき、昆虫やミミズを探しているようです。白と青色に縁どられた黒い羽が美しく、皆で見とれてしまいました。

光が当たる場所に出てくると、美しい羽根が際立つ
光が当たる場所に出てくると、美しい羽根が際立つ
シグマ・500ミリの望遠レンズが故障していて、すべての画像が微妙に「後ピント」になってしまった
シグマの望遠レンズが故障していて、すべての画像が微妙に「後ピント」になってしまった

七夕伝説では、カササギが天の川に翼を並べて橋を作り、織女と牽牛を渡す、とされています。小倉百人一首に収められている、奈良時代の歌人・大伴家持の歌でも、この「カササギの橋」が知られています。深浦を訪ねてくれたカササギも、今頃は天の川目指して、天高く、駆け昇っているかも知れません。

木の枝に止まると、ほとんど識別がつかない
木の枝に止まると、ほとんど識別がつかない

 

天の川の隙間を星が流れた
天の川の隙間を星が流れた

 

心配なアナグマたち

アナグマの家族が遊歩道を跳ね回る。が、お母さんの身体が‥=深浦町で

アナグマの家族が遊歩道を跳ね回る。が、右端のお母さんの身体が‥=深浦町で

盛夏も過ぎ、白神の動物たちも、再び活発に動き始めました。森の中の自動撮影装置に写る回数も増え、保守点検に行くのが楽しみです。ある日のこと、撮った画像を家に持ち帰ってチェックしていたら、「おっ、アナグマの親子が写っているぞ」と、夫の嬉しそうな声。パソコンに駆け寄ると、仲良く数頭が歩いています。今までも、最も数多く登場してくれたアナグマたち。ついに家族ができたんだ、良かったね、とコマを進めて驚きました。

疥癬でごっそり毛が抜けたお母さんアナグマ

疥癬でごっそり毛が抜けたお母さんアナグマ

下半身の部分が、特に酷い

下半身の部分が、特に酷い

なんと、ごっそりと毛が抜けた個体がいます。下半身を中心に、地肌が透けて見えるほどに。痛々しくて、息をのんでしまいました。群れでカメラの前を横切るので、何度も写っています。画像を詳しく見ると、どうもメスのようです。一家のお母さんでしょうか。はっきりした病名は、捕らえて診断しないとわかりませんが、まだらな毛の抜け具合などからみて、疥癬(かいせん)ではないかと思われます。

家族に感染るのも時間の問題か

家族に感染るのも時間の問題か

ここはアナグマの穴もたくさんあるので、とても心配な事態

ここはアナグマの穴もたくさんあるので、とても心配な事態

疥癬は、野生動物をはじめ、犬や猫などのペットもかかる皮膚病の一種です。ヒゼンダニの仲間の非常に小さなダニが、体表に寄生することでおこります。ダニは、表皮を食い荒らし、皮膚の中にトンネルを掘って産卵、増殖するので、非常にかゆいのが特徴です。寄生された動物は体をかきむしるため、脱毛や感染症を起こし、弱って死んでしまう個体もいます。

サルの親子も通る道。感染らなければいいが‥

サルの親子も通る道。感染らなければいいが‥

遊歩道なので、当然、人も歩きます。大丈夫?、山ガール

遊歩道なので、当然、人も歩きます。大丈夫?、山ガール

少し場所は違いますが、以前にも、同じように毛が抜けて衰弱したタヌキが写っていたことがありました。何度かカメラの前に現れたあと、消えてしまいました。人知れず最期を迎えたものだと思われます。疥癬は感染力が強く、ウサギやニホンカモシカにも罹患した例が報告されています。北海道では、疥癬の流行によってキツネの生息数が局地的に減少した、という調査結果も残っています。人も、このダニに寄生されると羅患しますが、野生動物から感染したことは、これまで確認されていないようです。

疥癬になったタヌキ。1カ月間ほど見かけたが、その後は行方不明となった

疥癬に罹ったタヌキ。1カ月間ほど見かけたが、その後は行方不明となった

上の写真のタヌキとそっくりな症状

上の写真のタヌキとそっくりな症状

とても仲が良さそうなアナグマの親子。それだけに、次々と家族に感染していかないか心配です。白神の森は、これから日増しに寒くなって行きます。動物たちにも、厳しい季節が到来します。特にアナグマは、冬眠を前にたっぷりと栄養を取り、冬毛を生やして、脂肪を蓄えねばなりません。大丈夫かなぁ、このお母さん。ペットだったら、薬をつけたり、清潔にしてやったりして治療してやれるのに、野生動物には私たちが簡単に手を出せません。自然の中で、どう変化してゆくのかを見守るしかないのです。

ロボットカメラのセンサーが気になるよう。及び腰だけど、お鼻でクンクン別な場所で撮影した個体。まだ、広まってはいないようだ

別の場所で撮影した個体。まだ広がってはいないようだ。ロボットカメラのセンサーが気になるよう

ロボットカメラのセンサーが気になるよう。及び腰だけど、お鼻でクンクン

この個体もロボットカメラのセンサーが気になるよう。及び腰だけど、お鼻でクンクン

豊かな自然が残る白神の森の動物たちに、どこから疥癬のダニが伝播したのか。人に連れられてくるペットから感染したのでしょうか。それとも、民家に近づきすぎて、飼われている犬やネコから感染したのかもしれません。今の私たちには判別できません。ただ、山の動物たちに、どうぞこの病気が蔓延しませんように願っています。私たちも、自動撮影を続けながら、見守ってゆきます。

お母さんから子どもに感染らなければいいが‥

お母さんから子どもに感染らなければいいが‥

白神山地の生き物たち「シノリガモ」②

白い泡が沸き立つ急流で、お母さんと泳ぐヒナたち=深浦町で

白い泡が沸き立つ急流で、お母さんと泳ぐヒナたち=深浦町で

小さな岩を登るのも一苦労。生後、5~6日ぐらいか

小さな岩を登るのも一苦労。生後、5~6日目ぐらいか

シノリガモの子育てが、本格化しています。6月20日前後にヒナが川面に登場。7月13日現在で、2群れで計12羽のヒナがそれぞれのお母さんに連れられて、小滝や激流の中をスイスイと泳ぎまわっています。本日、青森県の地方紙・東奥日報に、夫の撮影した写真付きで、社会面トップの記事で紹介されました。

岩の上でひと休み。お母さんに寄り添って過ごす

岩の上でひと休み。お母さんに寄り添って過ごす

川面に降りる時も、皆でそろって一列に。必ずお母さんの後を追う

川面に降りる時も、皆でそろって一列に。必ずお母さんの後を追う

一昨年の春、散歩していた河原で何気に見かけた水鳥の夫婦。仲睦まじく岩の上で休んでいる姿が気になって調べると、なんと「絶滅が心配される地域個体群」のシノリガモでした。最初の年は子育てまで確認できませんでしたが、昨年は3羽のヒナが無事に育って行きました。成長の途中に、カラスやハヤブサなどに襲われて、全滅してしまった群れもありましたが、6~7年前から地域のお年寄りたちが、ヒナを引き連れた母鳥を毎年のように確認しており、この場所で確実に子育てを継続しているようです。

激流も何のその。お母さんの後を一生懸命追いかけます

激流もなんのその。お母さんの後を一生懸命追いかけます

泳ぎ疲れたら競うように小岩に登る。後姿が羽根のないペンギンみたい

泳ぎ疲れたら競うように小岩に登る。後姿がペンギンみたい

ただ、シノリガモといえば、人里離れた山奥の渓流でしか繁殖しない鳥とされています。が、その概念を覆すような発見の連続です。まわりが人工的な縁石で護岸された急流やコンクリートの堰堤があっても、まったく嫌がるそぶりはありません。護岸についた藻などを嘴で削ぎ取るように食べる姿も見られます。

岩の間に隠れていると、見事な保護色で石と区別がつかない。これで上空から来る敵を躱す

岩の隙間に隠れていると、見事な保護色で石と区別がつかない。これで上空から来襲する天敵を躱す

岩の上で休み姿がシュール。蓑を被った案山子のよう

休む姿がシュール。蓑を被った案山子のよう

また、川の左右には、地域のお年寄りたちが小さな畑を作っており、カモの子育て時期の春先から夏にかけては、作物を育てる繁忙期と重なります。時には、ヒナを連れて川面を泳ぐ母鳥の横を、肥料などを積んだ一輪車を押すお爺ちゃんが通りかかります。でも、少し脇によけて遠ざかる程度で、ほとんど気にしていない様子。立ち止まって見つめると、慌ててスピードを上げて泳ぎだしますが、毎朝のように畑で見かけるお年寄りの姿は覚えているかのようで、まったく動じる様子はありません。

お母さんのお腹の下で眠る。ここが一番安全

お母さんのお腹の下で眠る。ここが一番安全

子育ての疲れで、お母さんは岩の上でウトウトと。ヒナたちは元気なキョロキョロ

子育ての疲れで、お母さんは岩の上でウトウト‥。でも、ヒナたちは元気にキョロキョロ

お年寄りたちも、「可愛いカモの子っこがいるべ」と目を細めて見守ってこられました。それが、絶滅危惧のシンリガモだとお知らせすると、「ずっと、オシドリだと思っていたびょん。んだば、大事にしてやらねばね」と、深々と頷いてくださります。先日も、ハシブトガラスが、ヒナと同じ模様の小柄なお母さんを襲って、連れさろうとしました。

とっても仲良しの2羽。小岩の上で仲良く寄り添う

とっても仲良しの2羽。小岩の上で身体を寄せ合う

けど、退屈だからちょっとおイタも。嘴で咥えちゃえ!

けど、退屈だからちょっとおイタも。嘴を咥えちゃえ!

が、それを目撃していたご夫婦が、石を投げながら大声を上げて追い払ってくれたそうです。それ以来、カラスが川の近くに来てシノリガモに狙いをつけると、皆が横目で見張りながら畑仕事をするようになったといいます。畑の行きかえりに出会うと、「今日もカモっ子は無事だったべ。6羽で泳いでいたよ」と報告してくださいます。

この川はキセキレイの縄張り。岩の上でヒナを呼ぶ親鳥

この川はキセキレイの縄張り。岩の上でヒナを呼ぶ親鳥

セキレイも煩いし、十分休んだし、んじゃ、行くかな。それっ!

キセキレイも煩いし、十分休んだし、んじゃ、行くかな。それっ!

希少で愛らしい姿のおかげで、集落のマスコット的な存在になっているシノリガモ。大切にされている要因がもう一つあります。この地域に住んでいる三人の小学6年生の女子児童たちが、毎週のように観察会を開いて調査を続けているからです。昨年の秋から、炎天下も吹雪の中も、ものともせずに、海辺や川面に降りて、水温や風速、水の濁り、天敵の存在、餌となる水生昆虫などを調べています。彼女たちの熱心な姿が、皆の心を動かしています。その内容は第3部で報告いたします。

川面に垂れ下がったお花の下を泳ぐ

川面に垂れ下がったお花の下を泳ぐ

皆んなで仲良く巣立ってね
皆んなで仲良く巣立ってね

 

 

白神山地の生き物たち「シノリガモ」①

7月2日付け「朝日新聞の全国版」に記事と写真、動画が掲載されています。

下記のURLをクリックしてみてください。

http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201307010320.html

激流を駆け上がるシノリガモの親子。先頭がお母さん=深浦町で

激流を駆け上がるシノリガモの親子。先頭がお母さん=深浦町で

白神山地の渓流で繁殖する珍しい水鳥がいます。その名もシノリガモ。繁殖期のオスは黒褐色の全身に赤や白色の模様があり、「道化師(ピエロ):英訳=ハーレクイン」のように見えることから、欧米では「ハーレクイン・ダック(ピエロのカモ)」と呼ばれる海ガモです。体長は38~46㎝で、翼長約20㎝、翼を広げると70㎝近くになります。体重は500グラム~800グラム。国内で見られるカモ類の中では、オシドリに次いで美しい鳥とも言われています。

波の静かな冬の港に集まったシノリガモのオスたち

波の静かな冬の港に集まったシノリガモのオスたち

渓流の小さな滝を下ってくるシノリガモのオス

渓流の小さな滝を下ってくるシノリガモのオス

秋から冬に、九州以北の地域へ飛んでくる渡り鳥で、東北や北海道の岩の多い海岸、河口付近などで多く見られます。卵を産んで育てる主な繁殖地は、北アメリカ大陸の北部やアジア大陸の北東部、ヨーロッパ北部などですが、春から夏に日本国内に残る群れがあり、その一部が白神山地の麓である深浦町の河川や渓流で子育てをしているのです。

渓流の岩の上で休みシノリガモのカップル

渓流の岩の上で休みシノリガモのカップル

外国の例では、巣は川岸の岩のすき間や樹の穴などに枯れ草に羽根を張り付けて作り、5月~7月に4個~8個の卵を産みます。子育てをするのはメスだけで、ヒナは卵からかえるとすぐに泳ぎだし、約2、3か月で飛べるようになります。エサは、昆虫や甲殻類、ウニ、海藻などで、子育ての時期は渓流で水中に潜りながら虫や藻などを食べています。

お母さん(上右)と急流を昇るヒナたち

お母さん(上右)と急流を昇るヒナたち

青森県などの記録によると、ヒナを連れた親鳥が国内で最初に発見されたのは1976年、同県の白神山地を流れる赤石川でした。その後、宮城県や北海道などでも同じような目撃例があり、東北から北の渓流や河川で繁殖していることが確認されました。ただ、その数は少なく、開発などによって生息環境が破壊されることが心配され、環境省が東北以北で子育てをするシノリガモの群れを「絶滅のおそれのある地域個体群」として保護することに決めました。

波の静かな冬の港で群れるシノリガモ。地味な模様がメス

波の静かな冬の港で群れるシノリガモ。地味な模様がメス

現在でも、国内で子育てをしている群れの報告は少なく、その場所も山奥の渓流が中心であるため、日本で繁殖するシノリガモが、どのようにして巣をつくり、卵を産み、ヒナを育てているのかは、多くが謎のままです。しかし、最初に繁殖が確認された白神山地を流れる河川や周辺の海では、私たちが観察するだけでも、多くの群れや個体を確認することができます。

成長し、羽ばたきの練習をするシノリガモのオス

成長し、羽ばたきの練習をするシノリガモのヒナ

 そのために今年、白神山地で暮らすシノリガモを調査するチームを地元の有志の協力を得て立ち上げることにしました。その活動については、次のシリーズで紹介いたします。シノリガモの子育てを中心に、地域の人たちがこの美しい水鳥にどう関わっていくのかも、随時報告いたします。このシリーズは、「深浦町のマタギ」と同じような私たちのライフワークになりそうです。

親を亡くし、兄弟をカラスに獲られたシノリガモのヒナ。ピーピー鳴きながら泳ぐので「ピー助」と名づけて観察していたが、成長する前に行方不明となってしまった

親を亡くし、兄弟をカラスに獲られたシノリガモのヒナ。ピーピー鳴きながら泳ぐので「ピー助」と名づけて観察していたが、成長する前に行方不明となってしまった

続きは第2部で。(つづく)

 

7月2日付け「朝日新聞の全国版」に記事と写真、動画が掲載されています。

下記のURLをクリックしてみてください。

http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201307010320.html

白神山地の生き物たち「ツキノワグマ②」

東北、北海道でクマによる人的な被害が続出しています=動画上、登山客や観光客らが頻繁に歩く遊歩道を夕刻、ゆっくりと歩くクマ。相当な大物だ。福島県の会津地方では死傷者も出たようで、ツキノワグマでも決して油断ができない野生動物であることを再認識させてくれます。この時期は、メスグマが子どもを連れていることも多く、特に要注意です。白神の山で出会うメスグマは、決して大柄ではありませんが、我が子を守るために死に物狂いで襲いかかって来るため、危険極まりない生き物になります。

白神山地でも数年前、猟友会のメンバーが、単独でクマ猟をしていて、手負いの親グマに逆襲されて亡くなるという、痛ましい事故がありました。深浦町の「マタギ」伊勢勇一親方の友人でもあった仲間の不幸な事故でした。親方は、「山で出くわすクマを舐めてはいけない。特に子連れはどんな小さな奴でも危険だ。あの鋭い爪で引っ掻かれ、太い腕で抱え込まれて噛み付かれたら、大の男でも太刀打ちできない」と警告されています。

今年の5月25日朝、ロボットカメラの前を横切ったクマ。走るわけでもなく、堂々と遊歩道を歩いていた、深浦町で

今年の5月25日朝、ロボットカメラの前を横切ったクマ。走るわけでもなく、堂々と遊歩道を歩いていた、深浦町で

私たちも、何度かクマと行き合ったことがありますが、大抵は木に登っていたクマに気づかず通り過ぎ、距離が少し離れた所で、大慌てでクマが木から滑り降りてくる姿を見るだけです。一度は、親方と夫が、「この先は地形が険しいから待っていろ」と、私を置いて先へ進んだ後、二人が下を通ったミズキの木から、黒い塊が滑り降りて来たことがありました。アイヌ犬ぐらいの大きさだったので、「え、親方が飼っている犬?。連れてこなかったのに、なぜ‥」と思うも何も、犬が木に登るはずがありません。尖っていない丸い形の耳、そうクマです。それも、私の方へポンポン弾むように駆けてくるではありませんか。

凍りついたように立ち尽くしていると、約15㍍手前でクマがようやく私の存在に気づき、急遽、Uターンして森の中に消えてゆきました。一瞬の出来事でしたが、クマがいなくなってから足が震えました。そして、小柄だったので子グマの可能性もあるため、今度は親が出現するのでは、と怖くなり、大きな石の上に避難して大声で歌を歌い続けました。これ以降、どんなに険しい場所でも、足でまといになろうとも、この二人とはぐれないようについて行くことにしています。

上のクマが出没した同日の午後、遊歩道の同じ場所を歩く観光客。ニアミスが心配な時期だ

上のクマが出没した同日の午後、遊歩道の同じ場所を歩く観光客。ニアミスが心配な時期だ

亡くなられた方へ、心からご冥福をお祈りいたします。ただ、春先の山菜採りは、クマと出会う確率が最も高くなるので、山に入られる時はそれなりの装備と覚悟が必要です。特にこれからシーズンとなるチシマザサ(ネマガリダケ)は、クマの大好物です。そして、笹の藪は見通しが聞かず、音も聞こえにくいので、ニアミスどころか鉢合わせする例が多々あります。私たち夫婦も、タケノコ採りの時は鈴やラジオを持参して、クマも人もお互いの居場所を知らせながら、森の恵みを共にいただきます。でも、親方は音が出る物は一切持っていきません。ある時、銃を持たないで森に入った折、不意に子連れグマと出くわし、「なんだ、やるのか」と、とっさに抜いたナタを構えて約40分間、数㍍の至近距離で親グマとにらみ合ったことがあったそうです。飛びかかるタイミングを計るクマの体が我慢しきれずにブルブルと震えだし、襲ってきたらナタで鼻先に一撃を加えてやるぞと覚悟を決めた時、クマは踵を返して森の奥へ。その後を2頭の子グマが転がるように駆けて行ったそうです。「あの時は、危なかったなぁ」と笑いますが、私らにとってはそんな呑気な話ではありません。いつもビクつきながら、親方の後をついて行きます=動画下、上の写真と同じ遊歩道をお昼前に歩く子グマ。親方は、すぐ近くに母グマがいる可能性が高いと話している

白神山地のクマは、地域の人たちにとって危険な存在でもありますが、ここで活動するマタギたちにとっては貴重なタンパク源であり、現金収入を得る大切な獲物でした。そのクマがこの森で、今、増えているのか減っているのかは、私たちには判りません。でも、「天敵」であるマタギを始めとした狩猟者が減ってしまうと、そん他の敵がいないクマの脅威も小さくなります。過疎と限界集落化で、白神山地周辺の狩猟採集の文化は風前の灯火です。そうしたことに目を向けながら、危険とされているクマの姿を更に追い続けてゆきます。

海辺の対決「オオワシ」

★朝日新聞に掲載されています。下記のURLをクリックしてください。

http://www.asahi.com/area/aomori/articles/TKY201305220357.html

岩の上で羽を休めるオオワシにカラスが果敢にアタック、深浦町で

岩の上で羽を休めるオオワシにカラスが果敢にアタック、深浦町で

白神山地の麓の深浦町は、美しい海岸線でも有名です。荒々しい岩礁に打ち寄せる波や、日本海に沈む夕日を見るために、JR五能線を走る列車に乗って、全国から多くの観光客が訪れます。観光スポットとしても名高い津軽の西海岸ですが、人を寄せ付けない険しい地形が連続するため、海鳥や渡り鳥たちにとっても餌を取ったり、羽を休めたりする重要な場所となっています。

奇岩が並び、複雑な地形が入り組んだ深浦町の海岸線。2012年に「八峰白神ジオパーク」に指定されている

奇岩が並び、複雑な地形が入り組んだ深浦町の海岸線。2012年に「八峰白神ジオパーク」に指定されている

双眼鏡を手に、「今日はどんな生き物が来ているかな」と観察に行くと、いつも鳥たちが好んで止まる岩の上に、見かけない大きな猛禽がいます。脅かさないように、こっそりと近づいて目を凝らしてみると、このあたりでは滅多に見かけないオオワシの若鳥のようです。

2羽が挟み撃ちにして威嚇。空の王者もタシタジ

2羽が挟み撃ちにして威嚇。空の王者もタシタジ

夫がいつになく真剣な表情で「しっ」と唇に指を当て、そっと車から降りてゆきました。距離は100㍍前後かな。車の陰に身を隠しながら、フィールドスコープに一眼レフカメラを取り付けて、撮影のタイミングをはかっています。

カラスの執拗な威嚇にうんざりとするオオワシ

カラスの執拗な威嚇にうんざりとするオオワシ

オオワシは体長が約1メートル、羽を広げると2・5メートル近くにもなる大型の猛禽類です。国天然記念物、環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定されています。夏はカムチャッカ半島やサハリン北部などで子育てし、越冬のために北海道や東北など北日本の海岸線に飛来します。先がカギ状に曲がったクチバシ、鋭い爪、堂々たる体躯‥。まさに鳥類の頂点に君臨する誇り高い存在感に圧倒されます。距離はありましたが、撮影を始めても、じっと海を睨んだまま、動じる気配はありません。

ワシ③hp

上空から急降下で威嚇。突っつきそうにみえるが、ギリギリで躱す。蝶のように舞い、蜂のように刺す?

上空から急降下で威嚇。突っつきそうにみえるが、ギリギリで躱す。蝶のように舞い、蜂のように刺す?

と、そこに、一羽のカラスが矢のように飛んで来たかと思うと、急降下してワシを威嚇し始めました。最初は、「なんかウルサイ奴がきたなあ」とチラッと見上げるぐらいでしたが、カラスは何度も急降下と攻撃する素振りを繰り返します。そのうち、家族でしょうか、助っ人が登場。体当たりはしませんが、二羽で代わるがわるクチバシと足で、ワシの首や翼を狙って、今にも蹴りを入れるぞ、突くぞという勢いです。これにはさすがのワシも嫌気がさして、渋々とその場を後にしました。もっと見たかったのに‥。

ワシ⑥hp

時間と共にカラスの攻撃は激しさを増した。のんびり羽を休めていたワシの方が気の毒に思えてきた

時間と共にカラスの攻撃は激しさを増した。のんびり羽を休めていたワシの方が気の毒に思えてきた

カラスの喧嘩早さは、これまでにもハヤブサやミサゴなどを追い払う姿を何度も確認していました。でも、自分よりも倍以上の大きさのワシに対し、果敢に襲い掛かる姿に感心しました。同時に、畏敬の念も。たぶん子育て中の夫婦者だったのかな。それとも、縄張りを守るために、仲間で協力しながら戦ったのかな。命と尊厳をかけて生を紡ぐ自然界の日常。その厳しさの片りんを嫌われ者の黒い勇者に、教えられた思いです。

ワシ⑧hp

もう我慢しきれずに退散。北に向かって飛び去ってしまった。やりすぎだよ、カラス君

もう我慢しきれずに退散。北に向かって飛び去ってしまった。やりすぎだよ、カラス君

これらのシーンを地元紙「東奥日報」の一面と朝日新聞の青森版に掲載していただきました。

ワシ⑦hp

雨あがりの受難「フクロウ」

車に撥ねられて死んだフクロウ。カラスに突っつかれて胸元の羽毛が乱れている。後方は国道をパトロールする青森県警のミニパトカー(パトカーは撥ねていません)、深浦町で

車に撥ねられて死んだフクロウ。カラスに突っつかれて胸元の羽毛が乱れている。後方は国道をパトロールする青森県警のミニパトカー、深浦町で

しつこい雨が降り続いた白神の里も、ようやく五月晴れに恵まれました。農家の皆さんも、待ちかねたように水を張った田んぼで、代掻きや田植えなどに大忙しです。その水田を目指して、森のカエルたちも子孫を増やそうと集まってきます。特に雨上がりの夜には、濡れた国道を命がけで横断します。それを狙って夜の番人、フクロウがやってきました。大型連休が終わって、交通量も落ち着いた国道101号。道路脇の白線の上に、大きな個体の屍が。車に撥ねられたあと、カラスに突っつかれていました。獲物を深追いしすぎて、命を落としたようです。無残な姿ですが、人間の暮らしに近づきすぎると、こうした悲しい運命がおとずれます。

 

白神山地の生き物たち「アズマヒキガエル」

水たまりに集まっていたアズマヒキガエル。産卵行動の真っ最中だった、深浦町で

水たまりに集まっていたアズマヒキガエル。産卵行動の真っ最中だった、深浦町で

白神の山々も草木の芽吹きの季節を迎え、ひと雨ごとに山肌が新緑に覆われてきました。雨上がりの林道を車で走ると、轍のくぼみにできた水たまりで何者かが蠢いています。黄色と褐色の塊。アズマヒキガエルの抱接と産卵行動でした。雨水がたまって出来た小さな水たまりですが、周辺から湧き水がわずかに流れ込んでおり、そこに数匹が集まって、恋の季節を迎えているようです。

水たまりの中に体を平たくして身を隠す

水たまりの中に体を平たくして身を隠す

急ブレーキを踏んで停止。これに驚いたカエルたちも、抱接行為を解いてしまいました。夫が「ゴメンごめん。でも、林道の真ん中で‥。もっといい場所があるだろ」と、頭を掻きながらブツブツ。大事な時に邪魔して、カエルくんには申し訳なかったのですが、轢き殺さなくてよかったです。オス、メスそれぞれが、のそのそと歩いて森の中へ消えてゆきました。でも、水溜りを見ると、大切な用事は済ませていたようで、いくつかの卵塊が浮いています。そして、今まさに卵を放出しているメスがいました。この個体は水没してまったく姿が見えなかったのですが、ギリギリで愛車の軽トラックのタイヤからズレていました。もう、30センチ近ければアウトでした。良かった。重ね重ね迷惑だろうけど、少し写真に撮らせてね。

卵塊に包まれながら卵を産む

卵塊に包まれながら卵を産む

右上を好物のブヨが翔ぶが、産卵が大事。まったく身動きもしなかった

右上を好物のブヨが翔ぶが、産卵が大事。まったく身動きもしなかった

アズマヒキガエルは二ホンヒキガエルの亜種で、日本固有種。その名の示す通り、主に東日本に分布しており、学名には「ハンサムな」という意味があるそうです。確かに体が大きく、堂々としており、色も模様も美しいカエルです。体長は6~18cm、体重は500gぐらいまで成長する個体も。体のサイズは地域によって違うようで、研究者らの報告では南は大きく、北へ行くほど小型になるとされています。体長の割には後ろ足が短いので、カエルの得意技であるジャンプが苦手。のっしのっし、と歩いて移動します。その姿は短足の我が夫のようです。

褐色のつやつやした皮膚と堂々とした体躯

褐色のつやつやした皮膚と堂々とした体躯

乾燥に強く、普段は水に入らなくても生活できていると聞きます。ほとんどが単独で行動していますが、春が訪れると、匂いを頼りに生まれ故郷の川や池に戻ってきて、オスがメスに抱接し、卵を産みます。ヒキガエルの抱接とは、お腹の中に卵を持ったメスにオスが強く抱きつき、産卵を促す行為です。時には1匹のメスを巡って、何十匹ものオスが折り重なり、その様は「蛙合戦、ガマ合戦」と呼ばれています。卵は1500~14000個生むそうで、大型のメスほど産卵数か多いとの報告があります。夜行性ですが、繁殖期は昼間も行動しているようです。背中などの皮膚にイボがあり、外敵などに襲われて刺激を受けると、目の後ろにある耳下腺やイボから乳白色のブフォトキシンという毒液を分泌します。これは薬にもなるのですが、手で触れたあと口や眼などの粘膜部分に触れると炎症を起こすことも。ただ、天敵である蛇のヤマカガシは、この毒に耐性があるようで、好んで捕食しているようです。そして、ヤマカガシの毒は、ヒキガエルのブフォトキシンを体に貯めて利用しているとされています。

林道の車の轍が作った水たまりで産卵

林道の車の轍が作った水たまりで産卵

この毒成分を利用したとする怪しい薬が「ガマの油」です。江戸時代に傷薬として使われていた軟膏で、ガマとはヒキガエルの別名です。縁日や祭で香具師(やし)たちが、行者を装った衣装を身につけて、「さぁーさぁーお立会い。ご用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いておいで…、手前ここに取りいだしたるは筑波山名物ガマの油、ガマと申してもただのガマとガマが違う、これより北、北は筑波山のふもとは、おんばこと云う露草を喰ろうて育った四六のガマ…」とした巧みな口上と共に売られていた民間療薬。「男はつらいよ」の主人公・フーテンの寅さんも、こういった口上が得意の主人公でした。そして、同時に楽しい大道芸も繰り広げられます。切っ先だけ切れ味が良い刀で和紙を細かく刻んで花吹雪のように撒き散らし、次に刀の切れない部分を使って腕を切る仕草をします。そうして出来た赤い筋を引いただけの切り傷を、さも刀で切ったようにお客さんに見せつけた後、ガマの油を傷口に塗って偽の傷を消し、薬が効いたように見せつけるパフォーマンスです。

片目をつぶったウインクのような所作。女の子だもんね

片目をつぶったウインクのような所作。女の子だもんね

こうして売られていたガマの油に、どんな成分が含まれていたかはまったく不明です。蝋などを基にしてヒキガエルやムカデなどを煮詰めって作ったとされる説や、馬の脂肪から抽出した馬油だとする説もあるようです。実際に効いたかどうかも分からず、相当に怪しい薬だったようです。ただ、この口上と一連の大道芸的なパフォーマンスが人気で、偽薬かもしれないと思いつつも、当時のお客さんは楽しんでいたのでしょうね=写真下、醜いとされているガマガエルとは思えない、美しい容姿

醜いとされているガマガエルとは思えない、美しい容姿

醜いとされているガマガエルとは思えない、美しい容姿

この口上の中に出てくる「四六のガマ」ですが、ヒキガエルの身体的な特徴を捉えたものでした。基本的には前足後足ともに五本指ですが、前足の親指に当たる第一指は、退化した痕跡的な骨があるだけでじっくり観察しないと四本指に見えます。また後足は、親指の近くに番外指と呼ばれる内部に骨のある瘤状の突起があるので、六本指があるように見えるのです。それを巧みに利用して、口上に用いたようです。交通機関が未発達で自由に旅行に行けなかった時代、筑波山など霊山として信仰の厚い地域で作られたとされる民間薬を、お客も霊験あらたかとする信心半分、楽しみ半分で購入していたのでは、と想像されます。古来から、ユニークな人間との関わり合いを持つヒキガエルくん。北国の霊山として名高い白神山地の渓流や湖沼で、今も人を恐れない堂々とした態度で生き続けています。

産卵に疲れたのか、卵を守っているのか、まったく立ち去らない

産卵に疲れたのか、卵を守っているのか、まったく立ち去らない

 

 

白神山地の生き物たち「オシドリ」

7羽のヒナを連れたお母さん。子どもたちに指示を与えながらキビキビと泳ぐ、深浦町で

7羽のヒナを連れたお母さん。子どもたちに指示を与えながらキビキビと泳ぐ、深浦町で

オシドリは白神山地の湖沼や渓流でよく姿を見かけるカモの仲間です。中国やロシア南東部などの東アジアだけに分布し、日本では北海道や本州中部以北で繁殖します。冬になると、主に西日本へ南下して越冬するようです。鳥取県などに有名な越冬地があり、環境省を含む各県のレッドリストで、絶滅危惧や重要な保護動物に指定されています。植物食の傾向が強いですが、雑食で昆虫、両生類なども食べるようです。日本郵便の50円の普通切手のデザインに採用され、私たちにもなじみ深い鳥です。

モリアオガエルを捕らえたメス。卵を産む前は驚く程たくさん食べているようだ

モリアオガエルを捕らえたメス。卵を産む前は驚く程たくさん食べているようだ

池の倒木にカワセミと同居。まったく気にしないでのんびりとくつろぐ夫婦

池の倒木にカワセミと同居。まったく気にしないでのんびりとくつろぐ夫婦

 白神山地はオシドリの重要な繁殖地のようです。春先、山間部の湖沼や水を張った田などでよく見られるのが、歌舞伎役者のような派手な衣装で着飾ったオスが、地味なメスに寄り添って仲睦まじく泳ぐ姿。この時期は、群れを作らずに1組のペアで行動しています。古くからの民話や俳句などでも、オシドリは仲が良い証とされ、人間も「おしどり夫婦」といえば仲良し夫婦の代名詞です。

水を張った田で餌を探す夫婦。オスが先に畦道に上がって安全確認をした

水を張った田で餌を探す夫婦。オスが先に畦道に上がって安全確認をした

 しかし、本物のオシドリは年事に相手を変え、夫婦が長年連れ添うことはないようです。これはオシドリに限ったことではなく、カモ科の鳥類は、すべてが毎年パートナーを変えるとされています。ペアになっている時、見かけがあまりに美しい鳥なので、多くの勘違いが生まれたのかもしれません。オスはメスとの交尾が終わると早々に飛び去ります。人間だったら「薄情なイケメンのプレイボーイ」と言われてしまいそう。その後、地味なメスが子育てを一手に引き受けます

ヒナを連れて泳ぐお母さん。周りの安全を確認しながら慎重に‥

ヒナを連れて泳ぐお母さん。周りの安全を確認しながら慎重に‥

初夏、山間部にある湖沼や渓流のたまりで、母鳥は子育てを開始します。通常ヒナは8~10羽。子だくさんなだけに、母鳥は警戒を怠りません。安全な場所では、子どもたちを自由に泳がせ、危険が迫ると「ピッ」とひと鳴き。ヒナを見事に整列させて、水辺の茂みの中などに隠れます。とても可愛い親子連れで、充分に注意すれば、ごく近くで観察することができます。 

ブラインドの中から撮影しているため。親子はこちらの存在にまったく気づかない。至近距離で撮っているのに自由に遊んでいる

ブラインドの中から撮影しているため。親子はこちらの存在にまったく気づかない。至近距離で撮っているのに自由に遊んでいる

白神の湖沼でも、そんな光景をよく目にします。初夏、オシドリのお母さんが子育て中の水辺に、四、五人から十数人のカメラマンが鈴なりにレンズを構える時があります。オシドリではなく、狙いは別の野鳥。カメラマンたちが静かにしている時は、オシドリたちも、ほとんど警戒しないで悠々と餌を獲ったりしていますが、周りがザワつき始めると、整然と行動して身を隠します。

同じ場所での別カット。シャッター音も抑えているため、気づいた素振りはない

同じ場所での別カット。シャッター音も抑えているため、気づいた素振りはない

上の写真を撮影しているとき、私たちは鳥から姿を見せないようにブラインドテントの中に隠れて観察していました。そこに十人近い観光客を連れた観光ガイドの方が通りかかったのですが、オシドリ親子の存在に誰も気づいていないようです。ガイドさんはとても元気良く、ハキハキとした大きな声でお客さんに森の木々や池の成り立ちを説明されています。そして運悪く、オシドリ親子の横で立ち止まって解説が始まりました。 

ガイドとお客さんが近くに来た瞬間。さっと集まって安全な場所へ向かう

ガイドとお客さんが近くに来た瞬間。さっと集まって安全な場所へ向かう

 

ヒナを連れたオシドリ母さんはびっくりです。ピッとひと鳴きして、茂みに隠れます。白神の観光ガイドとお客さんの散策を否定するつもりはありません。ただ、もう少し声を絞ってもらえないかと思い、野鳥が子育てしていることを伝え、ガイドさんにお願いしました。が、ムッとされたのか、「ガイドは元気よく、大きな声でと教えられました」と仰られ、説明する声が更に大きくなってしまいました。 

岸辺に近い茂みに隠れた親子。一部のヒナは陸に上がりそう

岸辺に近い茂みに隠れた親子。一部のヒナは陸に上がりそう

更なる危険を察知したのか、オシドリ親子は水辺から陸に上がって森の中へ逃げ込もうとしています。陸上には、アナグマやテン、猛禽類などが雛を虎視眈々と狙っています。幸いにも、その場での大声の説明は短時間で終わり、オシドリたちは岸辺から水面に戻って大急ぎで隠れ場所に戻っていきました。危ないところでした。 

同じようにオシドリが繁殖している別の池で撮影したニホンアナグマ。昼間なのに堂々と現れて餌をあさっていた

同じようにオシドリが繁殖している別の池で撮影したニホンアナグマ。昼間なのに堂々と現れて餌をあさっていた

そんな場所でも、餌が豊富で子育ての環境の良さを気に入っているのか、毎年のようにヒナを育てています。なぜか、カメラマンが集まる池で子育てしている姿をよく見かけます。それは彼らが狙う、「別の野鳥」と同じように、餌となる両生類が豊富な事が理由と思われます。そうした池はモリアオガエルの産卵地で、周辺の木々に白い乱塊が幾つもぶら下がっているのを見かけるからです。 

水面に垂れ下がる葉先に産み付けられたモリアオガエルの卵塊

水面に垂れ下がる葉先に産み付けられたモリアオガエルの卵塊

世界遺産登録後、観光客らが大勢訪れるようになった白神山地周辺。その観光客と生き物との距離が、近すぎることに驚くことがあります。太古以来、その形をほとんど変えずに続いてきた自然は、世界遺産の登録によって、徐々にですが変わり始めています。今まで、地域の人たちが顧みなかった自然や生き物の存在を求めて、外部から多くの観光客らが訪れているからです。私たちも、その中のひとりです。

枯れ木の上でダンスのような素振りをするメス

枯れ木の上でダンスのような素振りをする

この山で獲物を獲るマタギ、キノコや山菜採り、杣夫など、白神の森は、地域の人々が生活のために利用し続けてきました。発掘される石器類などから、縄文以前の時代から続けられてきたと見られています。地元で暮らす人々は、この森に棲む生き物たちとの距離や利用の仕方を、先祖から受け継ぎ、体で覚え実践していました。が、世界遺産登録による観光地化が、ひとつの変化を及ぼそうとしているのが見て取れます。

湖面のアメンボ

湖面のアメンボ

世界でも有数のブナの原生林。その中に点在する無数の湖沼や渓流、人を寄せ付けない険しい地形‥。そうした白神山地一帯の自然が、生き物たちの重要な繁殖地になっています。遺産地域の核心地は規制されていて、許可のない人間の侵入は許されませんが、動植物にとっては、核心地だけが重要ではないはずです。緩衝地を含め自由に出入り出来る周辺地域の自然環境を守ることも、私たちに課せられた重要な使命であると考えられます。

元気いっぱいのヒナが親子の群れから離れてしまった。すかさずお母さんが追いかけて戻るように促した

元気いっぱいのヒナが親子の群れから離れてしまった。すかさずお母さんが追いかけて戻るように促した

 地域が、観光振興で潤うことは、住民にとって大切なことであり、否定する気は全くありません。ただ願うことは、この素晴らしい自然を残してくれた先人たちのように、観光の場合も持続可能な形での利用を真剣に考えたいものです。あまりにも近すぎる距離や、生態を熟知しないで迫る行動、存在も認識せずに客を連れてゆく姿は、生き物たちと共存している行為とは思えません。私たちも、出来る限り生き物に影響を与えないように注意して調査し、撮影を続けたいと思っています。同じように白神を愛する立場として、今後ともお互いを讃え、助け合いながら行動していきたいものです。

驚いたことにオシドリが頻繁に大きなモリアオガエルを採餌していた。カエルが膨らむと岸に叩き付けて小さくしてから飲み込んでいた

驚いたことにオシドリが頻繁に大きなモリアオガエルを採餌していた。カエルが膨らむと岸に叩き付けて小さくしてから飲み込んでいた

カエル③hpカエル④hp

白神に次々と訪れる春の使者

2羽がぶら下がって桜の蜜を吸う。夫婦かな?

2羽がぶら下がって桜の蜜を吸う。夫婦かな?

ゴールデンウィークに突入した白神山地と周辺の村に、春の使者が次々と訪れています。まず、私たちの住む集落で最も早く咲く山桜がようやく開花。それを目当てにメジロ君たちがやってきました。朝と夕方、暖かい風と共に4~5羽が一斉に飛んできて、枝にぶら下がって次々と花の蜜を吸います。そして、5分ぐらいで慌ただしく別の場所へ移動して行きます。

エイッ、ヤァ、トォ。シンクロナイズドスイミングのように息がぴったり!

エイッ、ヤァ、トォ。シンクロナイズドスイミングのように息がぴったり!

メジロはその名の通り、目の周りの白いリングが特徴で、体長は約12センチ。

オイラ甘いの大好き。花の中に嘴を入れてチュウチュウ

オイラ甘いの大好き。花の中に嘴を入れてチュウチュウ

花の蜜や果汁が大好きな甘党の小鳥です。舌の先がブラシ状になっていて、花の中に顔を埋めて、蜜を上手に吸い取ります。

カメラでも追いきれない。F5.6、800ミリの単体レンズで撮影したが、右往左往‥。捉えた、と思っても、動きが早くて流れてしまう。うーむ、難しい‥

カメラでも追いきれない。F5.6、800ミリの単体レンズで撮影したが、右往左往‥。捉えた、と思っても、動きが早くて流れてしまう。うーむ、難しい‥

本当にちっちゃくて愛らしいのですが、花から花へと飛び回る動きはとても素早くて、双眼鏡でなかなか姿を追いきれません。

小枝に留まって蜜を吸い出すと何とか‥

小枝に留まって蜜を吸い出すと何とか‥

ほぼ日本全土に分布し、私たちにもなじみ深い鳥です。ツバキやウメの花、熟れた柿の実も大好物。餌の少なくなる冬場に、庭に切ったミカンなどを出してやると集まってきて、可愛い姿をみせてくれます。

アクロバットみたいにぶら下がっても、へっちゃらだよ。華麗で軽やかな身のこなしは五輪の体操選手も真っ青

アクロバットみたいにぶら下がっても、へっちゃらだよ。華麗で軽やかな身のこなしは五輪の体操選手も真っ青

特にオスは美しい声でさえずるため、西日本を中心に、飼育しているオス同士を鳴き合わせて競わせる会も開かれてきました。優勝したメジロの飼い主には、豪華な賞品が授与されたり、優秀な個体は高値で取引されることもあるといいます。でも、野鳥保護の観点から次第に捕獲や飼育が制限され、現在、日本では愛玩動物としてのメジロの捕獲は原則として認められていません。が、密猟はなかなか後を絶たないようで、愛らしい姿と美しい声を持ったメジロ君の受難は続いています。

下向きの花に逆さになって吸い付く。10点満点、金メダル!

下向きの花に逆さになって吸い付く。10点満点、金メダル!

そして、畑の横や川の土手には、薄黄色の水仙の花が満開となって春風に揺られています。誰かが植えたわけでもないのに、あちこちに小さな群落が出来ており、我が家の庭にも思いがけない場所で花を咲かせています。球根植物で、花が咲いた後も放置していれば、どんどん増えていくようです。花はとても綺麗ですが、球根も葉も鱗茎も、すべてが毒の危険な植物。その成分は、リコリンやシュウ酸カルシウムなどで、わずか10グラムが致死量になるといいます。鱗茎を浅葱(あさつき)と間違えて食べたり、葉をニラと間違えて食べたりして、亡くなった方もいるそうです。見た目は可憐な春の使者ですが、口にすれば命をも奪う、危険な毒草のようです。

我が家の庭先に咲いたスイセン。何もしないでほったらかしていても、これだけ増えた

我が家の庭先に咲いたスイセン。何もしないでほったらかしていても、これだけ増えた

もう一つの春の使者はミズバショウ。白神山地には、雪解け水を湛えた湿地帯が山間部のあちこちにあり、そこに数多く自生しています。サトイモ科の多年草で、発芽直後は葉の間から真っ白な仏炎苞(ぶつえんほう)という苞が開きます。これが花のように見えるのですが、実は葉が変形したものです。そして、仏炎苞の中央にある円柱型の部分こそ、小さな花がたくさん集まった花序列(かじょ)です。白い部分にそっと手で触れてみましたが、プラスチックのようにすべすべして硬いものでした

湿地に咲いたミズバショウ。 今年も写真撮影の最高のタイミングを逸してしまった

湿地に咲いたミズバショウ。 今年も写真撮影の最高のタイミングを逸してしまった

名前の「バショウ」は、芭蕉布の材料に使われるイトバショウの葉に似ていることに由来するそうです。白神での開花時期は、4月~5月ぐらい。葉が花の後に出ますので、良い時期を狙って撮影にチャレンジするのですが、いつも間に合わず約50~60cmまで伸びた緑の葉が邪魔になります。北海道と中部地方以北の日本海側に数多く分布するそうで、山岳地帯や亜高山帯の湿原でもお馴染みです。

白神山地にもミズバショウの群落がいくつか見られる。場所を書くと荒らされるので、秘密‥

白神山地にもミズバショウの群落がいくつか見られる。場所を書くと荒らされるので、秘密‥

姿は美しいのですが、これも毒草。葉などにはシュウ酸カルシウムが含まれ、肌に付くとかゆみや水ぶくれを起こすこともあるそうです。そして、根っこにアルカロイドが含まれているため、食べると吐き気や脈拍の低下を起こし、酷い時には呼吸困難や心臓麻痺を引き起こす危険性も。以前は、腎臓病や便秘などの民間薬として使われたこともあったそうですが、現在は服用厳禁な危険な毒草とされています。

来年は4月上旬から通って最高の瞬間を狙いたい

来年は4月上旬から通って最高の瞬間を狙いたい

冬眠から覚めたばかりのツキノワグマが、このミズバショウの葉や花をよく食べていると、マタギの伊勢親方から聞きました。これは、眠っている間に溜まった体内の老廃物を排出するために、ミズバショウの毒を嘔吐剤や下剤として使っているようです。親方たちも、「留め糞を出す」ための行為としており、長い冬眠から覚めたクマが、本格的に餌を取り始める前触れの行動と見ています。

子グマの時に捕獲され10年以上も檻の中で飼われているツキノワグマ。とても大人しく、ネマガリダケやドングリなどを投げ込むと喜んで食べている

子グマの時に捕獲され10年以上も檻の中で飼われているツキノワグマ。ネマガリダケやドングリなどを投げ込むと喜んで食べている

上の写真は、子どもの時に捕獲されて10年以上も檻の中で飼われているクマです。毎年冬になると、檻内に作ってもらった冬眠穴で眠り、4月中頃には起きだしてきます。まだ、少し眠そうですが、もう元気に、ドッグフードなどを貰って食べています。麓の湿地でミズバショウの葉が伸びて、この飼われているクマが動き出すと、山々のクマたちもそろそろ目覚めの時期。そして、白神の奥山にも遅い春が訪れるのです。