みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
手紙返還での大学生の想い① 後藤まりあ

手紙返還での大学生の想い① 後藤まりあ

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   70数年間止まったままの遺品の時計

今回は大学生ボランティアからメッセージです。

遺族のお手紙返還に立ち会い、何を感じたか、またどういう想いで活動しているか、共有したいと思います!

今回は4年生の後藤からのメッセージです。10月8日のお手紙返還の感想です。

    中村さんのお手紙を読む後藤まりあ

改めて中村興次さん、興三郎さんにお手紙を返還することができて良かったです。

興次さんは父・石太郎さんの声だけを覚えていて、興三郎さんは何も覚えていないと話してくださいました。

    ご遺族の話を聞いていても、つい涙ぐんでしまう。優しい感性の持ち主

そんな幼い頃に、石太郎さんが戦没してしまったことを考えると、母・いよさんは辛かっただろうな、と思わずにはいられませんでした。

興次さんも興三郎さんも涙を流しながら、終戦後の暮らしをたくさん語ってくださいました。

    ご遺族の吹く尺八の音色にも堪えきれず‥

なかでも印象に残っているのは、お二人の「祭りが嫌いだ」という言葉です。

父を亡くし、貧しかった日々、青森県人ならば誰もが心湧きたつ「ねぶた祭」を見るのも嫌だった、と振り返られます。

それは、今でも変わらないと。

    ご遺族と手を握り合って別れを惜しむ

その話を聞いたとき、当時の幼い2人がどんな想いを抱いていたのか、どれだけ辛い暮らしをしてきたのかが伝わってきました。

私は泣かずにはいられませんでした。

石太郎さんといよさん、家族みんなで、お祭りに行かせてあげたかったな‥

    ご遺族が見えなくなるまで手を振り続ける

戦争で家族を失ったご遺族は今でも、辛く悲しい想い出を忘れてはいません。

そして、遺骨や遺品は帰って来ないのか、戦没者のどんな情報でもいいから知らせてほしい、と仰られます。

そうした方々のためにできることがあれば、お手伝いしたいと思います。

   戦没者の万年筆と伊東大隊長の手紙を届けてくれたまりあに、手を握ってひれ伏すご遺族ら

私たちの世代が、二度とこのような戦争を引き起こさないためにも、ご遺族の言葉を真摯に受け止め、語り継いで行きます。

   ご遺族のリクエストに応じて記念撮影

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