みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
●2015年遺骨収集22日目 「IⅤUSA」の若者たち

2015年遺骨収集活動22日目 今年も来てくれた「IVUSA」の若者たち

沖縄本島南部のジャングルで、遺骨取集に臨むIVUSAの学生たち
沖縄本島南部のジャングルで、遺骨取集に臨むIVUSAの学生たち

2月の沖縄には、戦没者の遺骨収集のため多くの方が訪れます。県外から個人や団体が、那覇市在住の国吉勇さんを頼って、熱き想いを胸に集まってきます。「IⅤUSA」(国際ボランティア学生協会)も、その一員。

沖縄タイムスに紹介されました

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=103341

監視哨があった頂上付近で活動する学生たち
監視哨があった頂上付近で活動する学生たち

昨年に続き、大学生130名余りが、参加してくれました。今回は、国吉さんが発掘した遺留品の講演、白梅学徒隊の中山きくさんの平和学習などのあと、現場で遺骨収集活動を行いました。

学生たちに戦没者の遺留品を見せる国吉勇さん
学生たちに戦没者の遺留品を見せる国吉勇さん
学生たちに見せたスライドショー
学生たちに見せたスライドショー

今年の活動場所は、糸満市南部に広がるサンゴ石灰岩の丘陵地。畑に囲まれたジャングルで、本島南端の喜屋武岬にも近く、森の上空には猛禽類のサシバが舞う、のどかな丘です。

岩の庇の下で遺骨を収集する学生ら
岩の庇の下で遺骨を収集する学生ら

 が、沖縄戦の終結間近には、米軍の空や海からの猛烈な爆撃や砲撃などが降り注ぎ、兵士や民間人の遺体が、累々と転がっていたそうです。昨年の活動や調査などから、本格的な遺骨収容がなされていないことが判っていたので、IVUSAの若い力を借りる場に選びました。

みんなで仲良く昼食タイム
みんなで仲良く昼食タイム
休憩中も元気いっぱい。若者たちは屈託がない
休憩中も元気いっぱい。若者たちは屈託がない

ただ今回は、大勢の学生が広範囲で作業できるフィールドが必要であり、事前の再調査のため徹底的に現場を踏破。それにより、小高い丘の頂上に監視哨の跡を発見し、そこから伸びる瓦礫で埋もれた散兵壕が、複数の壕口に続いているのを確認しました。

学生たちは、散兵壕も掘り進む
学生たちは、散兵壕も掘り進む
銃眼が付いた石積みの陣地壕内で活動
銃眼が付いた石積みの陣地壕内で活動

そして、大型の機関銃が置かれていたとみられるトーチカや石積みの銃眼、蛸壺なども無数にあり、山全体が旧日本軍の要塞であったことが判明。また、トーチカや陣地壕は、複数の地下トンネルで繋がれており、手つかずらしい壕も数多く残っています。

掘り出した遺骨の部位を確認する
掘り出した遺骨の部位を確認する
遺骨の破片に、軍服のボタンが溶着していた
遺骨の破片に、軍服のボタンが溶着していた

さすがに、地表へ露出している遺骨は多くありませんが、壕を塞ぐ巨大な石の隙間から覗くと、兵士の軍靴や、遺骨が散乱している場所も。いずれも、破壊された岩や木の根など覆われており、戦後70年間、誰にも顧みられることなく放置されていたようです。

掘り出した旧日本軍の認識票を見せる女子学生
掘り出した旧日本軍の認識票を見せる女子学生
土の中から出てきた旧日本軍兵の鉄兜

土の中から出てきた旧日本兵の鉄兜

地元の自治会長さんらに話を聞くと、この丘で戦時中に悲惨な体験をした方がたくさんいた、と言います。地域の方々も、戦後、恐ろしくて行くことができなかった場所だそうで、子どもたちにも絶対に行ってはいけない、と教えていたそうです。

哲二から、遺骨収集の話を聞く学生たち

哲二から、遺骨収集の話を聞く学生たち

疲れたぁ。でも、芝生で寝ころぶと気持ちいいね!

疲れたぁ。でも、芝生で寝ころぶと気持ちいいね!

まるで、禁断の地のようですが、遺骨の収容となると話は別。怖い場所でも、危険な壕内にも、躊躇わずに入らなければなりません。そんな恐れは微塵も見せない、やる気満々の学生たちと一緒に、亜熱帯のジャングルへ分け入りました。

時々、国吉さんが見回りに来る。「何か出ましたかね?」

時々、国吉さんが見回りに来る。「何か出ましたかね?」

監視哨付近をみんなで手分けして掘る

監視哨付近をみんなで手分けして掘る

壕での作業は、まず、木の根や岩を取り除き、元の地盤まで掘り下げなければなりません。あくまでも目安ですが、散兵壕は敵から隠れて行き来する通路ですから、最低でも中腰になれる130cmの深さ、陣地壕ならば立って歩ける180cm程度の高さまで掘る必要があります。

高温で焼かれて膨張し、膨らんだ缶詰。所々がクレーターのようになって穴が開いている

高温で焼かれて膨張し、膨らんだ缶詰。所々がクレーターのようになって穴が開いている

戦争の生き残りである、地元の農家の男性から話を聞く
戦争の生き残りである、地元の農家の男性から話を聞く

艦砲射撃や空爆によって砕けた岩盤や土砂などで、壕内がほとんど埋まっているため、作業がはかどりません。その土砂や岩などを取り除かないと、戦没者の遺骨が出てこないからです。

遺骨のひとつを手に取って眺める女子学生

遺骨のひとつを手に取って眺める女子学生

かつては、日本軍が沖縄を守備するために要塞化していた丘陵ですが、凄まじい米軍の砲撃などで原型を止めていない程に破壊されています。何トンもあるようなサンゴ石灰岩の大岩が折り重なり、その上をガジュマルやつる草などが覆い尽くしているのです。

沈み込んだ表情で、遺骨収集についての説明を聞く学生たち

沈み込んだ表情で、当時の戦闘の状況を聞く学生たち

ゴツゴツした地面が続くため、足場は悪く、斜面の尖った岩が、今にも崩落しそうな危険な道。でも学生たちは、元気いっぱいに声を掛け合いながら、数人のグループに分かれてジャングルに散らばって行き、それぞれの持ち場で作業を進めてくれます。

遺骨を納骨するために運ぶ

遺骨を納骨するために運ぶ

男女が、それぞれ作業を分担し合い、70年の間に積もった土と岩、木の根を取り除く「正味の土方仕事」に臨みます。が、何日間も岩や土と格闘するだけで、遺骨も遺留品も出せないチームもあったようです。そして、「遺骨収集に来ている実感がわかず、意義を見出せない」と、感じた学生がいたと聞きました。

感極まって涙ぐむ女子学生も
感極まって涙ぐむ女子学生も

でも、持ち場で遺骨が出なくても、そこで亡くなった方がいなかった、もしくは、そこでの収骨は終わっていた、ということが確定します。それは、戦没者はもちろん、沖縄戦の傷跡と向き合いながら暮らす地域の方のためにも、意味のある活動です。

遺骨を前に座り込んで動かない学生

遺骨を前に座り込んで動かない男子学生

遺骨や遺留品、危険な不発弾がない場所が、少しでも広がってゆき、それが全島に行き渡る時が、沖縄での遺骨収容が完了する時なのです。作業が進むにつれ、学生たちもその現実に気づき始め、途中で投げ出すようなメンバーは一人も出ませんでした。

掘り出した遺骨を前に、納骨する手順などの説明を聞く学生たち

掘り出した遺骨を前に、納骨する手順などの説明を聞く学生たち

活動日程が終盤に入るころ、遺骨や遺留品が、次々と出土してきました。最終的には、IⅤUSAだけでなく、他の学生団体や社会人のグループも加わり、総勢160人態勢になりました。

遺骨を見る学生を取材する読売新聞の記者

遺骨を見る学生を取材する読売新聞の記者

そして、20名余りとみられる戦没者の遺骨を集めることができました。中には、幼児や成人しきっていない骨もあり、軍民入り乱れて犠牲となった戦場の有り様が浮き彫りになりました。

掘り出された戦没者の歯

掘り出された戦没者の歯

バケツで土砂を運ぶ

バケツで土砂を運ぶ

私たちが昨年、認識票を発見していた壕の周辺で、新たに2枚の真鍮製の認識票が出ました。これで、この場で拾得した認識票は合計8枚。また、その周辺からは、兵士の物と思われる印鑑を学生が掘り出しており、今、ご遺族の行方を探す作業に取り掛かっています。

掘り出した遺骨に全員で手を合わせる

掘り出した遺骨に全員で手を合わせる

集めた遺骨を前に最終日、慰霊を行いました。涙ぐむ女学生や唇を噛みしめる男子学生もいます。皆、それぞれの想いを胸に秘め、戦没者のために祈りを捧げます。そして、一片一片、丁寧に袋に詰めて、納骨します。

哲二の説明を熱心に聞く学生たち

哲二の説明を熱心に聞く学生たち

遺骨に手を合わせる男子学生

遺骨に手を合わせる男子学生

IⅤUSAの皆さん、本当にお疲れ様でした。未来を担う若き皆さんが、日本と世界の平和のために、戦争の無い世の中を作ってくださることを信じてやみません。本当にありがとうございました。そして、来年もお会いできますように。

楽しい昼食時の笑顔

楽しい昼食時の笑顔

沈み込んだ表情で収骨数を聞く

それぞれの想いを込めた表情で収骨数を聞く

私たち夫婦は、君たちが大好きです。

休憩中、仲間たちとはしゃぐ学生たち

休憩中、仲間たちとはしゃぐ学生たち