みらいを紡ぐボランティア

ジャーナリスト・浜田哲二と学生によるボランティア活動

青森県深浦町の小さな集落     
●2015年遺骨収集活動27日目 「JYⅯA」の精鋭たち

2015年遺骨収集活動27日目 「JYⅯA」の精鋭たち

今年も来てくれたJYMAの若者たち
今年も来てくれたJYMAの若者たち

この時期、遺骨収集の第一人者である国吉勇さんを頼って、多くの団体が沖縄県を訪れます。中でも、私たちが最も頼りにしているグループの一つが、「JYMA」(日本青年遺骨収集団)。大学生を中心に結成され、沖縄のほかに、サイパンやソロモン諸島などへも、戦没者の遺骨収集のために隊員を派遣しています。

2月20日にNHKの「おはよう日本」で放送されました

出てきた遺骨を指し示すJYMAのメンバーたち
出てきた遺骨を指し示すJYMAのメンバーたち

今年、参加してくれたのは、学生と社会人ら約25名。初日は、糸満市喜屋武、福地にまたがる陣地壕と、半ば埋没した新垣の壕の二手に分かれました。が、新垣の壕が、土砂の搬出中に浸水し、続行は不可能に。そのため、喜屋武、福地の陣地壕に全員が集合して、収集活動に取り組みました。

喜屋武のジャングルで、遺骨収集に臨む学生たち
喜屋武のジャングルで、遺骨収集に臨む学生たち

ここは、サンゴ石灰岩が隆起した丘陵で、複数の壕や散兵壕、トーチカなどが散在する旧日本軍が造った要塞です。でも、砲撃や空爆で巨大な岩盤が崩落し、丘全体が徹底的に破壊し尽されています。山肌には尖った岩がゴロゴロ転がり、その上に木の根や蔓が巻き付き、不安定この上ない現場です。そのジャングルを切り開きながら、JYMAは活動を開始しました。

掘り出した遺骨を愛おしげに抱える女子学生
掘り出した遺骨を愛おしげに抱える女子学生

日によっては、IⅤUSA(国際ボランティア学生協会)の学生らも交えて、総勢160名が参加。その中でも、JYⅯAの隊員には、未経験者が掘ると崩落の危険がある場所や、閉塞感のある真っ暗な竪穴の壕など、作業が高難度で体力的にきつい場所を担当してもらいました。時には、他団体と混成チームを組み、初心者の指導をお願いすることも。

不発弾の処理をしてくれる自衛隊員。左端はJYMAの学生
不発弾の処理をしてくれる自衛隊員。左端はJYMAの学生

場所によっては、70年間堆積した土と岩を延々と取り除き続けるだけ。そんな状況でも、初心者へ熊手やツルハシの使い方や掘り方、遺骨と石の区別の仕方を教えながら、励んでくれています。そして、周囲に不発弾の危険などがないか、絶えず目を配っています。他の団体による、「遺骨や遺留品を発見!」の声があがる中、地道に下積み作業を続けることは、悔しくて無念だったと思います。が、誰一人、不平不満を口にすることなく、任務をまっとうしてくれました。

国立戦没者墓苑の仮安置所に、遺骨を届ける女子学生
国立戦没者墓苑の仮安置所に、遺骨を届ける女子学生

収集活動も終盤を迎えるころ、JYⅯAのメンバーからも、遺骨を発掘したという朗報が届き始めました。木の根に覆われたトーチカからは、頭の骨などが出土。軍靴が散乱し、担架の残骸があった岩の隙間では、砲撃でバラバラになった骨片や歯などを丁寧に拾ってくれていました。

氏名や日付などを納骨袋に書き込むJYMAの学生
氏名や日付などを納骨袋に書き込むJYMAの学生
納骨を前に、まず全員で遺骨に拝礼
納骨を前に、まず全員で遺骨に拝礼

最後まであきらめずに、壕口付近を掘り進めてくれた隊員らは、石の下敷きになった戦没者の腕の骨を発見。時間切れで収骨に至りませんでしたが、次へ繋がる大きな成果です。悪条件の中、隊員たちの戦没者への想いが、次々と実を結んでいるように感じられて、私たちの胸も熱くなりました。

仮安置所の遺骨へ焼香するため歩み寄る女子学さえい
仮安置所の遺骨へ焼香するため歩み寄る女子学生
遺骨に拝礼する女子学生
遺骨に拝礼する女子学生

収集活動の最終日、遺骨の選別作業と拝礼を行います。納骨を前に、メンバーが集めた骨と一堂に会し、獣骨や石が混ざっていないか、入念にチェックする大切な作業です。そして、部位ごとに骨を並べ、70年間、暗い土の中にいた戦没者の一人ひとりに想いを馳せ、全員で拝礼します。

仮安置所の遺骨に手を合わせる男子学生
仮安置所の遺骨に手を合わせる派遣隊の黒田隊長
遺骨に焼香する男子学生
遺骨に焼香する男子学生

この活動場所は、旧日本軍の陣地壕でありながらも、幼い子供の骨や民間人のものとみられる遺留品が出土しました。やっと日の目を見ることができた遺骨を、全員が慈しむように選別します。寡黙になる男子学生。戦争で人生を絶たれた方の無念を想い、涙ぐむ女子学生‥。戦没者に寄り添い、数多くの犠牲の上に成り立っている平和に感謝して、未來への誓いを新たにする、厳かな時間です。

収容した遺骨を手にする女子学生
収容した遺骨を手にする女子学生
遺骨を仮安置した後、泣き出す女子学生たち
遺骨を仮安置した後、泣き出す女子学生たち

純白の納骨袋に収めた遺骨は、翌日、摩文仁の丘にある仮安置所へ納骨されました。ただ今後、遺留品が見つかる可能性がある場所の遺骨は、私たちがお預かりしています。引き続き周辺の発掘を続ける必要があるからです。手つかずの場所が多かったこの陣地壕は、残されている遺留品の数も多く、名前入りの万年筆や印鑑、認識票などが、次々と出土するのです。

平和祈念資料館で、戦没者の検索をするJYMAの学生たち
平和祈念資料館で、戦没者の検索の説明を聞くJYMAの学生たち

納骨の後、摩文仁の平和記念公園にある戦没者の検索システムで、今回見つけた印鑑に刻まれた苗字を調べました。遺留品の返還活動に欠かせない手続きです。印鑑の発見者はIⅤUSAの学生だったのですが、派遣期間の都合で参加できなかったため、同じ学生であるJYⅯAのメンバーが検索します。

戦没者の名前が判明、礎へ向かう学生たち
戦没者の名前が判明、礎へ向かう学生たち
平和の礎で戦没者の名前を探す
平和の礎で戦没者の名前を探す

そして、該当する戦没者を確認しました。なんと、お一人だけ。これは、めったにないことで、もし、ご遺族がいらっしゃれば、返還できる可能性が高そうです。その後、印鑑の持ち主とみられる、戦没者の氏名が刻まれた平和の礎へ。私たちが遺留品の返還活動に携わるとき、必ず訪れる場所です。

該当者の名を見つけました。思わず笑顔が
該当者の名を見つけました。思わず笑顔が
礎に刻まれた戦没者に、鳴きながら手を和え焦る女子学生
礎に刻まれた戦没者に、涙ぐみながら手を合わせる女子学生

沖縄戦で亡くなった方は、ほとんどの遺骨や遺留品が故郷へ帰っていません。それゆえ、礎に刻まれた名前を戦没者が存在した証として、お参りされるご遺族が多いと聞きます。礎をお墓のように拝んだり、名前を紙に鉛筆で描きなぞったりする方もいます。遺留品をお返しする時、礎へ行くことができないご遺族もいるので、写真を撮ってお見せすることにしているのです。

平和の礎の前で、感極まって泣き出す女子学生
平和の礎の前で、感極まって泣き出す女子学生
礎に刻まれた戦没者の名前に触れる女子学生
礎に刻まれた戦没者の名前に触れる女子学生

学生たちは、「戦没者を礎に刻まれた何十万人としてではなく、ひとりの個人として身近に感じました」と、号泣する姿も。現在、所管する都道府県に問い合わせ、ご遺族探しを始めています。もし、判明すれば、両団体の学生と一緒に返還しに行きます。

掘り出した遺骨に拝礼するJYMAの学生たち
掘り出した遺骨に拝礼するJYMAの学生たち

JYⅯAの皆さん、終戦から70年目の遺骨収集活動、お疲れ様でした。ほんとうによく頑張って下さいました。国吉親方共々、心より感謝しています。若き精鋭諸君、また来年もお会いしましょうね。ありがとうございました。